日記、歴史、つぶやき

北條氏政・氏照墓前祭

暑い日でしたね~。

今日は休みにしてあったのですが、予定が無くなってしまいましたので、お盆前のお手伝いに行って参りました。
(ウチは母方の祖母宅が7月盆)

お盆飾りはすでに伯母が用意してあったので、私は墓地の掃除へ。
調子に乗ってウチのだけでなく一族の他墓も草むしりしてしまったので、汗ダラダラ。
ウチの墓はまめに誰かしらが掃除していますが、後者のお墓は遠方の縁戚なのでやりがいがありました(苦笑)。
雑草ってすぐに伸びてきますねー。

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その後、小田原駅前の北条氏政・氏照両公のお墓へ。
今日は命日(新暦あわせですけどね)ということで、毎年、周りの商店街の方々や遺跡顕彰会の方によって墓前供養祭が行われています。

法要は午後3時半からで、参列者の大半は商店街や常連の年配者の方々でした。
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前は時々、『炎の蜃気楼』ファンの女性参列者もお見かけしましたけどね。今日は居なかったようです。
(私がその作品を知るきっかけとなったのもココでした)

まあ、以前より開始時間が遅くなったし、平日だし、殆ど告知めいたものもしてないから、地元じゃないとなかなか来られんでしょうね。

私も行ける時はなるべく参加するようにしてますが、年によりけり。
晴れてても大風が吹いたり、法要直前までどえらい天気雨が降ったり、変な天気になることがたまにあります。

今年は静かな陽光の下、無事終了しました。

03_2焼香した参列者には全員に「幸せの鈴」。
志納された人にはお返し(お菓子)が手渡されました。

私もささやかながら・・。

お菓子は以前よりグレードアップしてました(笑)。
いや、お返しの中身のことなんて言うべきじゃないけど、肩肘張った法要でもありませんしお許しあれ。

その後、以前駅前にあった書店の社長さんがやられてるギャラリーで少しお話して帰りました。


あ、「幸せの鈴」ですが、これは10年位前からでしょうかね。
ここにお参りに来ると恋が実ったとか、よく分からんのですがいつからかそんな由来を掲げて、自由にお持ち帰りできる鈴が置かれだしたんです。
願いが叶ったら、墓前の柵に返しに来るというのがルールのようです。
結構ぶらさがってますから、律儀にも返しに来る人は少なくない模様。
(今じゃ赤錆びちゃって、少々汚らしくもありますが)

で、無料だったから良かったのか、誰かが口伝したのか、若い女性が寄っていく光景が確かに増えたような気がします。
大方は高校生とか短大生でしょうか。
ついでに、どんな人のお墓かとかも興味持ってもらえれば嬉しい。

以前一度、墓碑に目もくれず鈴だけ持って帰ろうとした女子高生三人組を目にしてしまいましたが、さすがにそれはイカンだろうと。
なるべく穏やかに(笑)、「せっかく来たんだから手を合わせて行きなさいな。その方がご利益あるんじゃないの」と。
オジサンぽいかなーと一瞬迷ったんですけど(笑)。
そしたら、素直に合掌一礼なされて行きましたので、良かった。
その後、史跡オヤジの本分出して、少しだけ(たぶん)氏政・氏照のお話なんかしてしまいましたが・・・(汗)。

もう何年も前の事ですけどねー。
彼女たちの鈴が返されてるといいな。

この墓前祭が終わると、「小田原もお盆だな」という気がします。

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奈良時代の住居

だそうです。
この時代の再現住居は初めて見たかも。
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ぱっと見、木から下ろされた鬼太郎ハウスみたいです。

02_3掘立て柱で基本的な構造はあまり弥生時代と変わらないように見えます。
違いは竪穴から、草を編んで巡らせた壁に代わった辺りでしょうか。

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こっちの方がすきま風多そうな気が・・。

かまどまでは再現されてませんでした。

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川中島合戦戦国絵巻への道(平成20年度)~⑧石和の歴史散歩~

で、5時に起床。
余り寝てませんが、朝風呂と石和の史跡めぐりをしたかったので。
まだ足元が軽くフラついてましたが。

熱い湯を頭からかぶり、露天風呂で足湯しながらラジオ体操したら、かなりシャッキリしました。

6時少し前に史跡めぐりに出発。
道の途中で石野真琴さんに出会う。
さすが、お早いです(笑)。

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最初に見たのは、県史跡の八田家御朱印屋敷。
(詳細は面倒なのでこちらをご覧あれ>http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E7%94%B0%E5%AE%B6%E6%9B%B8%E9%99%A2)

初めて石和のお祭りに参加した時も行きましたが、改めてじっくりみたかったのです。
もちろん中の書院はまだ開いてませんでしたので、これはまた次回。


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周囲には屋敷の土塁と堀が部分的に残っています。
伊豆韮山の江川邸もそうですが、屋敷地と建物がセットで保存されているのはやはり見応えがあると思います。


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ちなみに表門は、石和陣屋から移築されたものだそう。
しっかりセコムシールが付いておりました。

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北條五代祭り(6)

行列が過ぎると、沿道からはサーッと人が去っていきます。
この辺の見物客は地元率高めですからね。
「はい、行っちゃったよ~」って感じ(笑)。

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私以外のお二人は、再びア号燃料を補給。
ぶらっと歩いて、小田原文学館の庭でしばし休憩。
藤が綺麗でした。

その後、小田原城址公園へ。
さすがに観光地(というか、今日はここの祭りだし)、まだ賑わっていました。

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復元中の馬出門は、門や塀の骨組み(というか建物の木の部分)が完成しつつあるような様子。
来年度には完成を見ることができるでしょうかね。

銅門広場では、「小田原かまぼこドック」なるご当地グルメ(ジャンク?)を食べてみました。
以前、NHKだったかの番組で初めて知ったのですが、食べていたタレントも微妙な表情でした。

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で、私の感想はというと・・。
やはり、余り大きな感動は・・・無いかな・・・。うう~ん。
煮込んださつま揚げのサンドイッチ、そのまんまというか・・。
野菜が挟んでないから、そう感じるのかな??
ねり物はさすがに美味しいのですが。
ご当地グルメとして応援したくもありますが・・・、ちょい弱いかな~。
前の「かまぼこパスタ」とかの方が驚きはありましたね。

買い食いできるカマボコ類をするなら、江之浦にある「ドライブインみのや新島」で売ってる“さがみ揚げ”みたいな方が受けそうな気がしないでもない・・。
目の前でしょう油付けて焼いてると美味しそうだし。


夕食は拙宅までお越し頂き、お粗末ながら自己流バターチキンを食べて頂きました。
タマネギとナッツのペーストがやや少なかったかもしれませんが、お二人とも一応楽しんでいただけたようで良かったであります。

猛馬飼育係さん、結局この日はどれだけのアルコールを摂取なされたのでしょうか(笑)?
また是非ゆっくりと飲みたいものです。
(と言っても、ココ見てないと思うけど)

さおりんさん、また歩きにお付き合いくださいませ(笑)。
中華も楽しみにしております♪

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北條五代祭り(5)

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武者行列の次はこちら、町衆隊。

見どころはもちろん、神社神輿。

小田原初めて来られるお客さんには、武者行列だけでなく、突っ込み(飛び)で有名な小田原流のお神輿もぜひ見て行って欲しいものです。

居神神社さんの暴れ神輿も独特ですよ。

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北條五代祭り(4)

もう一つのマイヒットがこれ。
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小田原市章付きの陣羽織。

しかし控えめな大きさだな~(笑)。

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北條五代祭り(3)

今年の姫様役の方々はお美しい方々でしたが、個人的に惹かれたのはこの方です。

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す、素晴らしい・・。

写真では見えませんが、しっかり背中には刀を背負っています。

後ろの方のお犬サマも羨ましそう(笑)。

お、ア○中組も発見!

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北條五代祭り(2)

浜からセカセカと小走りしてパレードコースに行けば、もう見物客が。

良かった、ちょうど先頭が来るところでした♪
お墓参りと神社参拝した甲斐ありました(笑)。

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パレードの内容はほぼ毎年同じ。
手作り甲冑隊ほかの先陣から始まり、初代・北條早雲(伊勢盛時)公・二代氏綱公・三代氏康公・四代氏政公・五代氏直公の武者隊が城下を行進していきます。

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あと各部隊のなかに、歴代御台所様や北條一族の武将ほかが。
北條氏の主な城があった八王子や埼玉県寄居町、静岡県伊豆の国市(旧韮山町ほかの合併)からも毎年出陣されます。
手作り甲冑隊も、毎年新作の発表みたいな感もありますので、力作なんかが見れるのは楽しみです。
最近はホントにバラエティー豊かです。


色々あって(苦笑)、城下町大使として毎年楽しませてくれた阿藤快さんとかの姿は無し。
(城下町大使は昨年度を最後に廃止となりましたそうで)
そういや小沢小田原市長も今回で最後の早雲役です。
(5月18日が市長選なのです)
4選してるだけあって、一番見慣れた早雲役ですが、来年はどうなるのでしょう。
ちなみに小沢市長の前の方の時は、武将役やらずに、ミス小田原とオープンカーで登場してたような気がします。
(これもどうかと思うけど・・笑)
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松原神社のあたりで見ていてイイのは、まだパレードが始まったばかりなので武者がダレてない事でしょうか(笑)。
あと、お神輿が門前で木遣や突っ込みを見せてくれること。


出場者の中には今年は特に知人は無し、と思ったら一人居た(笑)。

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北條五代祭り(1)

昨日3日は毎年恒例の「北條五代祭り」。
わが町、小田原市で行われる一番大きな観光イベントです。

今朝の新聞で見ましたら、今年の来客は17万人ほど。
最近は来客数が増えているようで。
やはり不景気とガソリン価高騰の影響でしょうかね~。

今年は猛馬飼育係さんと、さおりんさんがお出でになるということでしたので、不肖私が案内させて頂きました。

小田原駅で待ち合わせし、まずは近くにの「北条氏政・氏照の墓」へ墓参。
せっかくですのでお線香をあげ、しっかり手を合わせてきました。

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(昨日2日は、箱根湯本にある北條家菩提寺、早雲寺でも北条五代歴代の供養祭が行われました。
あいにくの雨で北条五代墓所での法要は中止され、本堂のみとなったそうです)

その後、ちょっと寄り道をしながら浜辺の方へ。

武者行列コース近くである松原神社門前の屋台で、今日最初のビール♪
猛馬飼育係さんは、すでに待ち合わせの前に一杯やっていたようですが(笑)。

松原神社は小田原城下町の総鎮守。
戦国時代、ここの別当・玉龍坊は本山派修験の大先達として、北条氏領国内で大きな勢力を持っていたといいます。

五代祭りでは、武者行列などのほか、松原神社ほか五基の神社神輿もパレードに参加しています。
私達が行ったときは、ちょうどここのお神輿が出立するところでした。

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それをお見送りして、我々も神社に参拝。

神前でけじめをつけましたら、屋台で広島焼き・たこ焼き・じゃがバターを買って浜へ。
もちろん、ここで再びアルコール補給(笑)。
ああ、今日はどうなることやら。
参加者があのお二人と分かった段階で、こんな状況は予想していましたが(爆)。

海は満ち潮時。
不安定な天候で、風も少々、ちょいとベタつく空気。
それに決して美しい浜ではないけど、大きな海を前にお酒や食べ物を楽しめるのは開放的。
次のお客を気にしながらランチするよりも、よっぽどよし!
特に、飲む人・しゃべる人(爆)。

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そんなこんなで、飲んで波見てボケー・・・と。
そろそろ行列が来る頃かな、と思い時間を確かめたら・・・・・
1時50分。
あれー、出陣して20分も経ってるじゃんか!

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深夜一人の史跡めぐり

今日は、というか昨日29日は歴史散歩&ほうとう鍋のオフ会でした。

30分ほど前に帰宅。

実は川崎からの東海道線で寝過ごしちゃいました(苦笑)。

起きたら早川駅(ホーム真っ暗)。

ここで30分待って乗った最終の上り電車は、あいにく小田原が終点。

結局、そっから小一時間歩いて帰りました。
(タクシーは勿体無いのだ!)

おかげで酔いがさめまして、なんだか不思議と元気になってきたので、ちょっと寄り道。

酒匂川にほど近い場所にある、徳川家康陣場跡を見てきました。

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豊臣秀吉の小田原攻めの時に家康が陣場を置いたとされる場所で、江戸時代に創建された小さな東照宮があります。

民家の敷地内にも土塁がホンの少し残っております。
こちらはもちろん見てません。

かなーり久しぶりに来たのですが、特に変わりはなく。

でもなんか写真見ると、心霊スポットみたい・・・(笑)。

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御鎮座記念祭

征夷大将軍太郎さんと久しぶりに鎌倉へ。

写真はウェブアルバムに。
http://album.nikon-image.com/nk/NK_AlbumPage.asp?key=1158290&un=12027&m=2&s=0

正確には、午前中は隣の逗子市にある神武寺におったのですが。

ここは、今でも山寺の面影濃い雰囲気の良い天台の古刹です。
ここは戦国期に小田原北条氏の庇護を受けた寺院でもあり、そのおかげで豊臣秀吉の兵火に罹ってしまったりもしていたり。
山内各地には中世の「やぐら(横穴廟)」や塔頭跡、防戦を意識した道や尾根切などが草薮の中に隠れています。
征夷大将軍太郎さんとは以前、県立博物館で開催された「神武寺展」を見に行ったこともあり、一度現地にお連れしたいと思っていたのでした。

昼食は、誤って久里浜行きに乗ってしまったので、横須賀で海軍カレーでも食べようかと思いもしましたが、やはり鎌倉に戻ってきました。
またしてもミルクホールでカレー(笑)。
実は昨晩も我が家はカレー、この日の朝もカレーパンだったり。
ここで次回の幾つかのイベント企画について談合。
ホントはこれが目的だったのですけどね。その割りに午前と午後に山んなか歩き回ってましたが・・。

その後、特に行きたいところも思い浮かばなかったのだけど、とりあえず志一稲荷神社に行ってみました。
ここは以前の日記でも触れましたけど、ダキニ天系のお稲荷さんではなかろうかと思っています。

で、ここまで来ると八幡さんはもう目の前。
じゃあ、ということで境内に入ってみれば何やら準備中。
舞殿背後の階段下両脇には床几が並べられ、ロープが張ってあります。
あれ、もしかしたら今日は・・。
と思ったらやはり御鎮座記念祭でありました。
そうでした、毎年師走の16日だったはず・・・。
すっかり忘れていました。
以前も神武寺に行った帰りにたまたま寄ったら、この日。
年末の御礼参りにしては、何とも有難き御神縁であります。

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(左は以前見たときの写真。八幡宮舞殿後にて)
御鎮座記念祭とは何ぞや、というのは鶴岡八幡宮のHPを見ていただければ分かります。
簡単に言えば、先祖が建てた材木座の元八幡を源頼朝が若宮八幡として今の地に遷座したのだけど火災に遭ってしまって焼亡。それを再建したのと、頼朝自らが新たに石清水八幡から勧請(今の上宮)したのを記念してのお祭りということでいいでしょうか。

当時から連綿と続く厳粛な神事ということであります。

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(こちらは神事終了後に社務所に引き上げるところ)
神事では階段下の参道で神楽や舞が奉ぜられるわけですが、照明は篝火のみ。撮影もフラッシュは厳禁(やっちゃう人いるけど)。
なかなか幽玄です。

ですが、今日はそこまで見ずに鎌倉を後にしました。

その後、「極楽寺坂切り通し」周辺で逢魔時を満喫。
暗くなるまで墓や古戦場をブラブラ。

さおりんさんに合流いただき、久々の江ノ電で藤沢へ。
お好み焼き食べて帰ってみたら、トヨタカップも大河ドラマも全て終っていました。

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のろしリレー

今月23日に滋賀県の小谷城ほか幾つかの山城跡で、のろし駅伝が行なわれるようですね。
今年は小谷から越前一乗谷まで60以上の山城をのろしリレーするそうです。
http://www.biwa.ne.jp/~kohoku-s/akikikou/akikikou.html
まあなんと壮大な企画。
主催者は全体の防火管理とか指導とか大変そうだけど、こういう歴史体験イベントってとても興味深いですね。

山梨県でも若神子城とかでやってたと思いましたけど、北条領でも見てみたいものです。
鉢形城くらいから八王子とか経由して小田原までどのくらいかかるものだろうか?
煙のほかに龍勢花火とか使って伝達するのも面白いかも。
下田城から小田原までの到達時間も気になるけど、海岸沿いの城砦だと狼煙も相当濃いめに出したのか、それとものろし台の間隔を短くして設けたのか、調べてみたくもなるな・・。

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さーたーあんだぎー

・・ってのをようやく食べましたよ。
地元デパートの食品売り場で沖縄フェアやってましたので。
以前、桜風さんのミク日記で何気なく知って以来、少々気になっていたのでした。
自分、琉球食品は全くの初めてだったと思います。

確かにまん丸な揚げドーナツのような。
豆腐ドーナツよりは油こかったかな。
美味しかったです。が、翌日は結構硬くなってしまった・・。
焼きたてを美味しく食べるのがベストなんでしょうね。
プレーン・黒砂糖・ごま・シークァーサー香味の四種あってそれぞれ100円でした。


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さて、全然関係ありませんが・・・。
以前、金沢文庫の展示でもらってきた、ダキニ天の式盤を作ってみました。
無料配布されていたチラシの裏にプリントされていた(学芸員さんのお手製?)ペーパークラフトです。
手作り感のある製図でしたので、まじめに作っても多少いびつな形になってしまいましたが、もともと洒落グッズ。立体再現して改めて見るだけでも楽しめました。
私はどういうモノかさっぱり分からんのですが、展示での解説に依れば、陰陽師が占術に使う「式盤」に密教のダキニ天を取り入れたもの。
称名寺に伝わる資料の一つ「頓成悉地法(とんじょうしっぢほう)」というのがあって、その中にダキニ天を祭る次第などでこの式盤についても記されていたらしい。
(もう、展示内容の記憶も確かでないのですが)
この式盤は上中下三段のパーツで成ってまして、最上の円錐が天盤、中の筒が人盤、下の立方が地盤。
立体曼荼羅とか天球儀みたいなもんなんですかね。
まあ、使い方とかさっぱり分からんです。
いわゆる「お狐さん」ですから、余計なことしたくないですけど(笑)、オカルトグッズというのは、こういう怪しい存在感があるから好奇心そそられます。
もちろん、それぞれの意味を理解すれば、怪しさよりも教義の解釈法や合理性を見出すことができるのでしょうけど。

ただ、処分に困るのですよねえ・・・。

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おまけ

五代祭り(3日)のオマケ的景色。


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「小田原駅の小便小僧(これは旧駅時代から愛されている像でニコットちゃんという愛称があります)の陣羽織&鉢巻着用」

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「何か背負っている足軽氏(スピーカー?それとも後方への送風機?それとも家電ドロ?=当世風乱取)」

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「行列最後尾の郷土キャラ。たぶん小田原競輪のマスコット氏。(というか、前回まで登場していた小田原提灯キャラは捨てられてしまったの??

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神輿渡御

北条五代祭りの武者行列の後に続くのが、地元の神社神輿の「まち衆隊」。この頃は、こちらを見るほうが正直、楽しみだったりします。
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もともと異なる例祭日の神社同士ですが、やはり昭和の50年台位だったんですかね、連休のイベント(武者行列)に合わせて神輿渡御も行なうようになったようです。
本来は地域の宗教行事でありますから、やはり例祭は決められた日に行なうべきだと思いますが、でも、次に来るかどうか分からない観光客の方々に「小田原流(これでググってもらうと色々分かっていただけるかと)」の担ぎを見てもらいたいという気持ちも分かるような気がします。

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松原社・山王社・大稲荷社の走る神輿に、荒ぶる居神社の神輿。でも、居神さんのお神輿は北条氏を称えるこのお祭りに出るの、どう思っているのか少々気になります。何せここの祭神は、北条早雲に亡ぼされた三浦義意の息子・荒次郎さん(&ホノカグツチノカミ)ですからね・・(まあ、厳密に言えば元は井水の神だったようですが)。
でも、ここのお神輿は美しいですね。

ともあれ、地方の祭礼文化などが廃絶しがちな今日、しっかり受け継がれて愛されているのは素朴に嬉しいです。
その後、夕闇迫る頃に地区の子供神輿が来ますが、この頃から5日まではあちこちで囃子の音や神輿の掛け声が聞こえてまして、なんだか理由無くワクワクするものです。

明日(4日。もう今日か)はお浜降り、で、明後日が宮入り。
この宮入りが最高に盛り上がる訳ですが、この後の静けさの寂しさといったら。
興奮冷めやらぬオジサンとかが、酔って「おいーさー!」と声出すと、どこか別方向から誰かが「(こ)おりゃーさー!」と返事する声が聞こえてくるというのも、何度か見かけた覚えがあります(笑)。(これが小田原流の神輿担ぐときの声。元々漁師のお祭りという色が濃いですから、そうした生業に発するリズムなのでしょう)
それがまた何となく哀愁感じるのであります。

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北条五代祭り

何だかこの五六年ほど毎年見に行っているような(笑)。
いや、公私混ぜたらもっと前から毎年行ってるかな・・。
ともあれ、今年も見に行ってきました。
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さすがに城址公園まで見に行くのはめんどいので、祖母宅から一番近い大工町の通りに。
馴染みの古書店で店番のおばさんと話し、「もうすぐ来るよ」というので、通りに出て見学。
毎年、友人知人を案内するときは松原神社の辺りで座って見てましたが、この辺りも悪くないです。

ただ、今年はちょいと地味だったかも。
現在、旧警察署前の馬出門土橋(めがね橋)あたりが復原整備中なので、銅門から出てくる演出は無し。
城址公園で見る武者行列は、城内小跡地の二の丸広場から水堀を渡る箇所のみだった模様。
あと馬上の武者も少なくなったような気がします。
やはり予算の関係でしょうか・・・。年々見応えが(汗)。
ただ、この頃は結構遠方からも一般参加してくれる人があるようで、そういう意味ではこのまま先細りになっていくのは勿体無いですね。
いきなり20年程前の豪華さ(重臣クラスもメイクして馬に乗ってたり、登場人物も多かった。ただ、市長がオープンカーに乗って登場はいただけなかった。笑)に戻れはしないでしょうが、せめて本丸の天守下を通る旧コースにした方が客も喜ぶのではないでしょうかね。一応、絵にもなるし(参加者は歩く距離が長くなってしまいますが)。

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それでも、今年は行列の武者が元気ある人多くてよかった。
特に(北条二代)氏綱隊の人たち。
お互い既知の間柄というのと、若い(ほぼ皆十代)人達なので、勝鬨が気持ちよかったですね。氏綱役の方が抜刀して鼓舞してましたが、やはり馬上の士が気合入ってると下々の者にも伝わるのが良く分かりました。
馬上の武者は、祭事の関係者が勤める事が多い本イベントですが、やはり元気でその気になれる方を一般公募した方が絶対良い!と思います。

そういえば、先月の石和で会った武田方の足軽さんで「今度、小田原の五代祭りに出ます」と言ってた人がいましたが、どこかですれちがったのかな。

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