日帰り武士

去る15日の日曜、山梨県の笛吹市で行なわれた時代祭りに参加して来ました。
その名も『川中島合戦戦国絵巻』というのですが、笛吹市の『桃の花祭り』イベントの目玉であります。
4月の山梨は各地で武田信玄関係のイベントが行なわれておりまして、毎年この時期の甲州は武田月間とも呼ばれていたり。
今年は大河ドラマの影響もありまして、なかなか盛況でありました。
(とりあえず前置きに今までの事を書きますが、参加者の方々はとばして下にお進み下さい)
・・・☆☆☆・・・
「今年は」と付けたのは、実は初めての参加ではないから。
平成13年に、その頃は石和町のイベントでしたが、歴史関係のネット掲示板で仲良くなった方々に誘われて参加したのが最初。(まあ、それ以前から見学では行ってたのですが)
その時のメンバーが今でも史跡巡りのお馴染さんになっているのです。
この時は上杉軍(一般参加の殆どはこちら)だったのですけど、共に参加した面々皆、どちらかというと武田贔屓。
で、どうにか(地元のボランティア参加が大半の)武田で出ようと、当時のリーダーの尽力で、翌年に念願の武田軍参加が叶ったのであります(笑)。
このお祭りの面白いのは、ただ時代衣装を着て歩くだけでなく、模擬合戦「川中島の戦い」を実際に演じるということ。
要するに堂々とお祭りの中でチャンバラができるという訳ですな。
それから、参加者は「昔の武者のように」自分を誇示する事が許されておりまして、オリジナルの背旗やら隊印(個人または団体参加なのです)などを着用できるのも、なかなか他の地域の時代祭りでは無い面白さではないかと思います。
実際、リピーターも多く、常連さんでは毎年ここで出会うのを楽しみにしておられる方もいるようです。
私の場合は不定期ということもあって、毎年申し込みの段階で希望は表明するものの、今回で4回目。でも3・4年ぶりなので久々。
今回は初回からお世話になっていた隊から浮気して、マイミクの将軍太郎さんの隊「幕府軍」で出陣です。
前の隊では初回を除いてずっと武田軍でしたが、幕府軍は上杉軍の常連さん。よって、今回は多少不本意ながらも上杉軍に参加と相成りました。
まあ、個人的なスタンスとしては武田軍になった時点で、小田原北条氏からの援兵というつもりでして(笑)。一応、武田氏と北条氏は何度か協同作戦をとっていますし、お互い援軍を送ったりしています。
そんな意味と、小田原勢の誇りを込めて、3回目からはオリジナルの指物をデビュー。北条家の三鱗紋入りの提灯であります。ちゃんと地元の提灯職人さん(小田原駅改札にぶらさがってる巨大提灯を作った方です)に用途を理解して作って頂いた本格派です。実物同様、油も塗ってあるので雨天でも大丈夫(笑)。
ただ、伝統工芸で有名な「小田原ちょうちん」は江戸時代に完成したスタイル。よって、オーソドクスなスタイルの提灯です。(でも、これもどこまで古いのかよく分からないのですけどね)
あと、提灯を指物にした理由は、地元の名物というのではなく、江戸前期の軍記もの『北条五代記』(北条遺臣でもある三浦浄心が著した逸話録『慶長見聞集』から、北条氏関係の話を抜粋したもの)「小田原北条家旗馬しるしの事」に出てくる、玉縄衆・三好孫太郎の「七ツ提灯」に肖ったものであります。
最初は、昔から好きな小田原武士の、馬廻衆・鈴木大学助(小田原籠城時、渋取口で討死)の背旗「やり」でも作ろうかと思いましたが、余りにマイナーで認知されにくいと思い辞めました。
また、この提灯の指し竿は、亡き祖父が四方竹(四角い竹)で拵えてくれたもの。たかが竿ですが、実は提灯より大事です。
で、この提灯、デビューした時もなかなか目立ったらしく、結構色んな方から聞かれました。この時、友好都市として参加していた館山からの里見隊とも記念撮影できましたし(笑)。
まあ、というのが私にとってのこのお祭り(常連さんは「石和」と略称)なのですが、あまりに前置きが長くなったので、この辺で今回の日記へと参ります。
・・・☆☆☆・・・
甲州入りしたのは、この日の朝7時過ぎ。
多くの隊士の方々は前日より宿泊して楽しまれていたようですが、私は残念ながら都合悪くギリギリに。(毎度こんなん)
それでも、中央線の特急「スーパーあずさ」というのに乗れば集合時間の1時間前には着ける目算だったのだけれど、直前になって当日午前は新宿駅工事のため各停のみと知る。
ということで、小田原駅から始発4:53発もしくはその次の5:08に乗らねばならん事に。
利用駅の鴨宮駅からだと、小田原に下る始発がそれより後になってしまうので、急遽、祖母宅にて仮眠させて頂く。
出発の折は、しっかりと駅前の氏政公・氏照公にお参りして出ました。
町田駅で乗り換え、八王子に。
偶然にも町田駅で通勤中の伯母と遭遇。
「あんたそんな竿持ってどこ行くの?」と聞かれ、
「山梨・・・」と答えといたが、釣りにでも行ったと思われたか。
で、八王子から石和温泉までが約1時間半。
日曜朝の車内は、部活の学生か登山客くらいしかいません。
ちと寒いが、車窓からは山の所々に咲く山桜が見えてつかの間の旅情気分を味わえた気がします。
実は電車で山梨に行くのは、これが初めてだったかも。
八王子を出た後に、同県の藤野に着いたりするあたり、やはり小田原からだと電車は遠回りという気がしますね。(身延線経由というのも考えましたが、さらに遠回り)
石和温泉駅に着いたのが8:40頃。
9時が集合時間だから、まさにギリギリ。途中の路線一つで遅れが発生していても、間に合わなかったでしょうから、ようやくホッとしたのであります。
集合場所の小学校体育館で「幕府軍」隊士の方々と合流。
ここで着付けをして頂き、記念撮影(参加費込み)をして頂いたりするのです。
さらにその後、合戦祭りの段取りの説明などがあって、11時半に昼食。(この弁当も参加費込みなのですが、衣装代も含めて参加量はたった2000円。以前の石和町の時は1000円であったとはいえ、かなり良心的な値ではないかと。さらに祭後の汗を流してもらおうと、温泉入浴券も付いてきます)
食事が済むと、正午半の出発(出陣)準備まで各自思い思いに楽しんでいます。まあ、若い方々は概ねチャンバラ、写真を撮ったりと。
女性が結構多いのですが、征夷大将軍太郎さんによれば、ゲーム(対戦もの?)などで戦国武将などが人気なるのだとか。
まあ、これも一種のコスプレには違いないですな。
前回、自分が出たのは確か映画『ラスト・サムライ』がヒットした後だったと思いますけど、さすがに外国人の参加者もちらほらいました。
今回は、山本勘介のような眼帯をしている御仁が複数見受けられまして、やはり年度によって参加者の傾向性があるのでしょう。
・・と、私も色々観察していたような事を言っていますが、実は眠いのと空腹(朝食抜き)とで、弁当つかった後はゴロ寝してました。
そして、時は正午半を過ぎて・・。いざ出陣!
征夷大将軍太郎さんより借りた面頬を被り、文字通り甲の緒を締め直し。
我等が隊は北信は葛尾城主の村上義清隊。
最終的に武田に信濃を追われるものの、武田軍を最も苦しめた勢力の一つであり、よく知られるところ。
ま、個人的には、鎌倉時代から信州の塩田北条氏に敵対したり、吉野で後醍醐天皇の忠臣であったりと、イマイチ北条氏とはしっくり来ない気もしますが、武名高い村上隊というのも気合が入ります。
これに、幕府隊の隊印としての朱色の「天下布武」巾着(征夷大将軍太郎さんのオリジナル)と、橙色の布を腰と頭に。
この頃から、各隊からも鬨の声が上がり、俄然テンションが上がって参ります。
メインの通りから笛吹川を渡り、「合戦場」の中州(字名川中島)へ。もう沿道はお客さんで一杯です。
すでに中州には赤備えの武田軍が勢ぞろいしており、遠くから見るとなかなか壮観なのです。BGMなど本来は観客向けの演出も、なりきって歩いていると、なかなか心地よい緊張感。
中州の小ステージには、武田信玄と山本勘介と由布姫が陣と別に着座。今年限りの演出でしょうか。
で、我々黒備えの上杉軍も中州の反対側に着陣するのですが、実はここから暫しの待機時間でして。
関係者やゲストの挨拶、先ほどの勘介・由布姫などによる寸劇などあって、両軍の杯儀などまで、着々と合戦に至るまでの演出が用意されております。
が、参加者からはよく見えない(笑)。
しかも、ほぼ毎年良い天気。というか、かなり直射日光カンカンの暑さなんですが。
暫しこんな状態で上杉軍の将兵はボーっとしておりました(笑)。
それが、ドカーンと火縄銃の実演でたたき起こされると、そろそろ合戦であります。
上杉軍は数隊ごとで一班となり、各班が順々に突撃する「車掛かり」の戦法を実施。これは、守ってる武田側から見てると、突っ込んでくる黒の集団というのはなかなか迫力があります。
まあ、近くで相対するとどちらもニコニコした烏合の衆なんですが(笑)。
でも、突撃開始の時は刀(竹光)振り上げて、「村上隊、突っ込め~」とか叫んでまして、結構これが気持ち良い(笑)。
毎度、雑兵でしたが、小なりとも将役は良いものです。
あんまり興奮しすぎて、背中の提灯、一度竹光でプッスリ刺しちゃましたよ(笑)。
最後は乱戦になるのですが、この時に以前お世話になっていた隊の方々と遭遇。奇しくも、板垣信方隊でして、ミニ「上田原の戦い」の再現となりました。
まあ、狙っていたのですけどね・・。

そんなこんなで何度か激突が繰り返された後、(山梨のお祭りなので)上杉敗退。というか退却。というか、元の場所で皆さとてもスッキリした表情しておられました。
私らといえば、大エンドのアナウンスを聞きつつも、空になった上杉本陣で記念写真を撮ったり、謙信役の方と写真を撮ったり、やっておきたい事をさっさかやってました。
なぜなら、合戦(&イベント)が終ったら、両軍ともさっさと退場して着替え場の小学校に戻らんといけないのです。

まあ、本来は最初から最後まで軍団然としているべきなのですが、このあたりまでくると観客席にも終りムードが出ているのがこちらからも見えます。
進行スタッフの人たちも、我々も客の一部として大目に見てくれているのだと思いますが・・・。
小学校に戻って武装解除すると、これまた体が解放されたような爽快さ。缶コーヒーなども頂いたり、ほんとに至れり尽くせりで、頭が下がります。
その後、幕府隊の人たちが泊まっていた宿に同道し、温泉に浸かり(今回は一人でゆっくり入れました)、ビールと軽食でお開き。
叫んで・走り回って・温泉に浸かって、皆さんとても爽やかなお顔でお帰りになられました。
見るだけでなく、出てみて二度楽しめるこの合戦祭り、今回久々に無理を押して参加して良かったと思います。
ストレス発散には、翌日ちょっと辛いですけどね(笑)。
来年も都合さえよければ・・・・。




















































































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