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八王子城再訪②

御主殿曲輪の整備と併せて建てられたガイダンス棟。後方は八王子城山(深沢山)。
どんなものができたのか、こちらも楽しみにしてました。
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なんだかウルトラセブンに出てきた宇宙人の宇宙船のような特徴的なシルエットですが、八王子の“八”に合わせた形(八芒星?)の屋根なのだとか。
八王子権現は方位除けの神としての性格ももっていましたから、まあ、デザインとしては悪くないかもしれません。

室内の展示は、北条氏や氏照、八王子城に関しての紹介パネルが中心。
出土遺物(陶磁器片)から再現された舶載の皿(のレプリカらしい)なども。

こちらは、八王子城山の立体模型。
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スクリーンになっていて、プロジェクターで往時の八王子城の姿を映し出します。

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落城する八王子城。暗闇に上がる炎が悲劇のドラマを演出します。
こういう立体スクリーンによる展示方法も面白いなと思いました。

吊るされていた手作り甲冑。来館者が着用できるのかも。
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まさかの、兜にカブトムシの立て物。
クワガタムシのバージョンもありました。

ガイダンス棟を後にすると、何やら法螺貝の音。
程なく、正面から甲冑武者隊が。
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どうやら、来週の八幡神社例祭に参加する武者行列のリハーサルだったようです。
それにしても、印判の軍旗とは。のぼり旗で“如意成就”の方がまださまになったような気もしますが…。山伏が行列に加わっているのが、高尾山のある八王子らしいですね。実際に山伏も籠城に加わっていたようですが。

上の写真後方に見える柵に囲まれたところは、近藤曲輪にあたるところ。
以前は東京造形大学のキャンパスがあり、幽霊の目撃で騒がれたそうですが、現在はエントランス広場という明るい芝生公園になっていました。

広場には八王子城と城下を表した立体模型があります。
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城を最奥に、谷戸に沿って作られた城下町なのが分かります。

P1050657_2
アシダ曲輪は、上下2~3段で構成される比較的広めの曲輪。
書籍によっては、こちらを「山下曲輪」と呼んでいる場合もあります。

アシダ曲輪の最下段土塁。
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一部だけ石垣が残っています。
土塁の草刈りを定期的にやってくれてるようで、ありがたい事です。

大手門跡。こちらも以前はブッシュが濃くて見難かったのですが。
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確認された礎石の状況から、この門は薬医門だったと考えられています。
また、堀を伴うものだったのが分かります。

見えてきた御主殿曲輪。大手門からの引き橋(平成2年復元)が経年劣化で通行不可になので、川沿いの林道から入っていく様になっています。
見えている石垣は全て復元ですが、虎口部分のだけやけに近世石垣っぽいのが違和感。
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この道は、江戸幕末に幕府の御用林として植林が進められた際に設けられたものと伝えられ、昭和40年代に東京営林署が大きく拡幅したもの。それによって御主殿の南側土塁の一部や川に面した多くの遺構が破壊されてしまっています。

御主殿の滝。
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投身自殺をした婦女や討死将兵らの血で城山川の水は赤く染まり、その下流の里人が米を炊くと赤い飯となったという伝説。それを偲んで落城日の6月23日には赤飯を炊く風習があるとか。今でもやってるのでしょうかね。

奥野さんから指摘され、滝から少し脇に目を転じると、石垣が良く残る台状遺構がありました。
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中央下段の大きな三角形(台形か)の石を基点に落とし積みした野面石垣の状況。真上に立ってみると奥にもぎっしり礫が詰まっている感触がありました。

林道工事によって破壊された御主殿南側の遺構の一部のようです。御主殿から滝へ下る通路だった可能性もあるでしょうか。次の写真の遺構とともに水汲み場を構成していたと考える人もいるようです。

“水汲み場”
P1050689
滝の落ち口の岩を桝状に削ったもののように見えます。
そうだとするなら、滝の水量はそれ程変わっていないのかもしれません。

(つづく)

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