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展観 「早雲寺 織物張文台および硯箱」、「飛騨の円空」展

下谷七福神めぐりをした後、何を考えたか、福神ついでに護国院の大黒さん、不忍池の弁天さん、五条天神さん(末社に七福神社がある)にも参拝。
鶯谷から三ノ輪まで歩き、そこから再び上野公園を半周してしまったのだから、結構歩きまわってしまったと思う。

で、東博の正門に着いたのが結局15時半過ぎ。
リニューアルオープンした東洋館を見るのは諦めて、まずは常設展示へ向かう。

この日(3月2日)、東博に来た本当の目的は、早雲寺寺宝の「織物張文台および硯箱」を観るため。
早雲寺の寺宝公開で見る事が出来るのは精巧なレプリカ作品で、実物は国重文で東博に収蔵されている。
といっても普段公開しているわけではなく、入れ替え展示で出してくれるのを待つだけなのだが、今まで知る限りでは殆ど出していなかったのではないか。
今回は、友人の宮下さん(感謝m(_ _)m)からメールで教えてもらい、貴重な機会に巡り合う事が出来たのであった。

文台は、本館一階、入って右奥突き当りの部屋に展示してあるらしい。
初めて出会う本物への期待が高まり、早足に。
今まで各種書籍で見知ってはいるが、それぞれ印刷の具合が異なるので、実物の織物の色がどんなであるのか知りたかった。

照明を落とした薄暗い角部屋である。
それは、螺鈿や漆蒔絵の手箱などと並び、慎ましやかにさえ見えた。
レプリカとはだいぶ違う色である。
(撮影禁止となっていたので)文章だけで表現するのは困難だが、早雲寺銀襴とも言われた文台に張られた唐草文様の織物は、経年変化で茶ばみ、かなり色褪せもしていた。
金襴・銀襴といった素材の特質もあるかと思うが、造形物に張った織物という点も保存が難しい理由の一つであろうかと思う。江戸期の早雲寺も安泰だったわけではない。
どの程度の劣化というべきか、素人の私には判断しかねるが、近くに並ぶ螺鈿箱のようなきらびやかさを今は感じる事は出来ないのが少々残念ではあった。

しかし、400年以上経た実物だけが持つ風格はある。
伝承のようにこの文台で北条氏政が歌を詠んでいたのかと想像するだに楽しい。
最近、江戸期小田原城の御城米曲輪跡の下層から、北条時代の礎石建造物や池水庭園らしき遺構が現れて話題になっているが、その辺りで、もしくは八幡山にあったという隠居所で、これを愛用していたのだろうか。
泉水の流音ささやく庭の見える書院、僧や若侍を相伴に控えさせ、この文台を傍らに座す景色を思い浮かべる。
見学者が少ないのを良い事に、そんな時空を超えた観覧を楽しませてもらった。


そして、特別展『飛騨の円空 千光寺とその周辺の足跡』へ。
Dscn5360
エントランスに下がる迫力のタペストリーだが、実は展示スペース1室の大変小規模な展示。
しかし、50体近い円空仏が居並ぶ様は壮観ではあった。
これが、ほとんど一つの寺院からの出展というのだから凄い。
閉館時間が近いのもあり、東博としては混雑というほどではなく、一つ一つじっくり見れたのは幸いだった。

こちらも当然撮影禁止なので、展示目録の中から、気に入ったもの、印象に残ったものを記しておく。

まずは、パンフ写真にもなった両面宿儺。
多くの人がそうだと思うが、円空仏といえば真っ先に想起する作品。
中学生の頃、祖父と飛騨高山旅行に行った時、この像を観たいと思ったが、拝観叶わなかった。
初めて見る実物は想像よりもややスマートで、恐いというより、ハンサムだと思った。
微笑した二面の明王や童子、もしくは将軍神のような姿だが、火炎後光は巻雲のようにも見えるし、下げ持つ斧はむしろ静けさを感じる。
両面宿儺は、日本書紀に登場する怪人で、朝廷に反逆したとして退治されてしまうのだが、千光寺の伝承では、救世観音の化身として人々に崇められていたという。
この像をして何らかの二面性を表しているのならば、飛騨という地域特性を察するに、山林資源をめぐる在地と中央との軋轢の中にあった首長もしくは祭祀長的な人物の姿、怒りや無念さが込められているのではないか。
像として造り出すからには、身近に伝わる救世観音の化身の神としての像を、この土地の人達は依頼したのではなかろうか。

展示室入口に立っていた、素玄寺の不動明王立像。
背も高く、入口で見学客を迎えるに堂々たる存在感を放っていた。

千光寺の不動三尊像。
一本の木を三つに割って造られた不動尊と両童子。
同じく、錦山神社の稲荷三尊。
円空仏には時々こういう作があるようだが、造形の面白さだけでなく、木に神仏を観じていたからこそではないか。

千光寺の宇賀神や歓喜天はごくシンプルだった。

そうかと思えば、出口近くにあった清峰寺の千手観音像は、一つ一つが違う方向を向いた手が動的で、丸みを帯びた姿は粗削りな不動尊と対照的。
優しげな微笑が印象的で、この前で暫し動かなくなる見学客も。
これは、ちょうど展示ケースの高さが絶妙だったと思う。

時代は違うが、これらを観て思ったのは、伊勢原の日向薬師や横浜の弘明寺観音。
平安時代のこの地域の一例ではあるが、“鉈彫り”という表面を仕上げない独特の作風は、材になっている霊木の質感を残すためであるとも考えられている。

円空仏にも同じように、古風な木霊を感じさせるところが多分にある。と思った。
霊木への尊崇というよりも、もっと近しい親しみのような感じではあるけれど。

そういう点では、展示室中央にあった、千光寺の金剛力士像はちょっと恐かった。
地に根を張ったままの木に仏を彫刻する、いわゆる生木仏(いきぼとけ)である。
大きな鼻に顔面の力が集中したような、目の周りのしわ。
釣り上がった口元は、笑っているようにも見え、十一面観音の暴悪面のよう。
この手の像は、殆どが、程なく立ち枯れてしまうのだが、私にはこの憤怒相が木の怒りに見えて仕方なかった。
すでに地から切り離されて長い年月を経ているが、細かなヒビや割れがさらに迫力を増していた。


このような展示で、なかなか楽しめたのだが、写真が一つも無いのは楽しくないので、最後にこちら。
Dscn5325
東博所蔵の円空仏。如来立像。
特別展に合わせた常設室のセレクトであった。撮影可。

ところで、手塚治虫『火の鳥・鳳凰編』に出る我王(がおう)のモデルは、もしかしたら円空なのかな?

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