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道祖神まつり

ここ数日来、鼻かぜを引いてしまっている。大した事は無いのだが、事あるごとにかむので鼻の下がヒリヒリする。
毎年恒例の七福神めぐりでも行こうかと思っていたのだが、甘く見てこじらせては馬鹿だし、わざわざ一緒に来てくれた人にうつす訳にもいかない。
かといってこの天気。家でじっとしてるのも何だか風邪に負けたようで癪である。
そこで、前々から気になっていた、市内前川地区の道祖神祭りを見に行ってみる事にした。

道祖神祭りはどんど焼きを伴い、多くは一体のものとして行われる。年の初めに荒々しい霊魂や悪霊を追い払う火祭りの一つである。正月の注連飾りなどを燃やした浄火にあたったり、焼いた団子を食べたり、焼け炭を庭にまいたりなどすると、その年の健康無事や火災除けの利益を受ける事ができるとするものが多い。1月14~15日に行われるのが通例だが、現在はその直前の土日というのも多いようだ。
日本国内でも地域色があらわれる行事の一つであろうと思う。

小田原市前川の道祖神祭で特徴的なのは、人形山車が出ること。
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前川は、国府津丘陵と相模湾に挟まれた東海道(国道1号線)沿い東西1.5㎞ほどの地区で、国府津との境の西から、西・寺前・坂口・中宿・坂下・向原の字(あざ)がある。それぞれに道祖神が祀られているのだが、現在は、西・中宿・向原の道祖神で山車が出されている。

人形飾り(生き人形という)は、毎年違う話が表現される。
今年は、西道祖神が、「剣客商売(正義は勝つ)」。
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田沼意次の密命を受け悪の芽を討つ、剣士・秋山小兵衛とその妻おはる。
その江戸市中見廻りの一景。

中宿道祖神が、「白龍湖の琴の音」という山形県置賜平野の民話から。
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日照りで困っていた村人達のため、湖の龍神に嫁入りする庄屋の娘と、水柱とともに現れた龍。
この後、娘は白龍となって共に天に昇り、空からは大粒の雨が降ったのだそうな。

向原道祖神は、和歌山県の災害民話「稲むらの火」から。
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こちらは民話と言っても実話で、安政元年(1854)11月の安政南海地震による津波に関わる話。
紀州広村の醤油屋・浜口梧陵(ごりょう)が、津波から村人達を逃すため、己が田のワラ山(稲むら)に火を付け、高台の神社まで誘導したという場面。
梧陵は、地域復興の事業に尽くし、後世のために私費を投じて堤防を建設した。
(後に、小泉八雲の著作「生ける神」によって広く知られるようになったという。ヤマサ醤油のご先祖の話でもある)

題材は決まっておらず、毎年、新しいものが考えられて登場している(らしい)。

向原の道祖神で保存会役員の方に色々お話を伺う事が出来たのだが、かつては(その方が子供の頃は)、針金の骨にワラ束で身を付け、手甲・脚絆などで仕立てた人形に、旅役者(大黒舞などだろうか)の面を借りて人形を作っていたのだという。
現在は、東京の人形屋(こういう専門のがあるらしい)に衣装共に借りて飾り付けている。
起源はいつ頃まで遡るかは分からないが、昔、何かの伝染病があって、それを除けるために始まったらしい。
もとは6箇所の道祖神全てで人形を飾り、お囃子と共に山車を村内引きまわしていたのだが、現在は3箇所にまとめ、道路も国道なので通行許可が下りなくなってしまったそうだ。

推測にすぎないが、天王祭の行事の影響があるのではないかと思った。
県内では、鎌倉市腰越の小動神社(こゆるぎじんじゃ)の天王祭などで、古事記の人物や武将の人形が展示されるが、やはりこのような舞台仕立てだ。もちろん、そういう伝統の本家は京の祇園祭なのではあろうが。
ただ異なるのは、こういう祭礼では同じ人形をずっと使うが、前川では一度きりの展示でテーマも自由ということ。

道祖神のオカリヤ(お仮屋)は、石像の場所に設けられるのと、像の方をオカリヤに移動して祭るやり方がある。
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ここ前川では、石像を移動しているものもあったが、必ずしもオカリヤの中におまつりするものではないようだった。

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小さな像だからか、このように賽銭箱の横にちょこんと乗っている道祖神も。行灯のミッキーとドナルドは恐らく無許可使用だろうが、ディズニーもまさか道祖神の行灯に使われるとは思わなかったろう(笑)。

集められた正月飾りや縁起物類は、浜へ運ばれ、そちらで明日どんど焼きするそうだ。
この点は、大磯町の左義長(あくまでも文化財としての名で、地元の人はどんど焼きと呼んでるが)と似ている。
海に面した集落では、こういう(道路沿いのオカリヤで道祖神をまつり、お飾り類を集め、後に浜で焼き上げる)スタイルのものが多いのかと思ったら、小田原市と大磯町に挟まれた二宮町ではやってないという。

こちらは、中宿道祖神で展示していた今までの作品の写真。
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昭和55年のから展示されていたが、いずれも力作。叶うものなら過去の作品も見てみたいくらいだ。

起源の動機になった“伝染病”が何だったか気になるが、“コロリ”と呼ばれたコレラ流行の頃(安政年間)か、もっと後世のスペイン風邪の頃か。
市の無形文化財にも指定されないのは、そういう不明な箇所が多いからだろうか。
しかし、こういう祭事をやってる地区があるという事を、市民ですら知らない人が多いというのは実に勿体ない気がする。
市域の年間歳時記や観光案内にも滅多に掲載されないのである。

かくいう私も、今まで車で通過ざまに気づくことは何度もあったが、路駐が難しい箇所なのでついそのまま通過し、翌年までまた忘れてしまうという繰り返しであった。今回は自転車でエッチラ行ったおかげで、ゆっくり見物でき、豚汁や甘酒をごちそうになりながら色々と貴重なお話を伺う事が出来たのである。
まさに怪我の功名ではあった。

小田原市東部には、この前川よりもっと内陸部の方に人形芝居が伝わっている下中地区がある。
こちらはれっきとした国指定無形民俗文化財だが、起源はやはり村の娯楽である。そういう縁で以って、何か光を当ててあげられないものだろうか。


ついでにこちらは、帰り路でやっていた国府津のどんど焼き。
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ここでは、鎮守の八幡神社の正月参りと併せた祭になっているようだった。

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コメント

こんにちは
12日に山北町の道祖神祭が開催されます。
午前中は各庭(地区)回り,昼食後12:30に山北駅花車6台と神輿3基が集合して山北地区を5時間かけて巡行します。
途中JA山北で花傘を万灯に付け替え再び山北駅に集合して自由解散です。
時間がありましたら足を運んでください。

投稿: ハロウイン | 2014年1月10日 (金) 14:51

>ハロウィン様
コメントありがとうございました。
そして、レス大変遅れてしまい申し訳ありませんm(_ _)m。近頃、時々にしか更新やチェックをしてませんでしたので…。

今年の1月前半は自宅のリフォームなど重なりまして時間が無く、結局、地元のどんど焼きに飾り物を出しに行くだけになってしまいました。
しかし、以前山北町の方から勧められた事もあり、一度見に行きたいと思っています。
山北町は以前1年ほど仕事で通っていた事があるのですが、地元の人に郷土愛があって良いなと感じました。
山北のお祭はまだ“お峯入り”しか見た事がないので、秋の流鏑馬と共に今後の目標としたいと思います。

コメントありがとうございました!

投稿: 蒼庚斎 | 2014年3月12日 (水) 20:12

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