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宝金剛寺のお地蔵さん

日柄もよいので、お昼がてら、小田原市国府津の宝金剛寺へ寄って参りました。
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国府津山・宝金剛寺があるのは、小田原市東部、国府津丘陵を背にした閑静な里。
下の写真では、丘陵尾根が少しくびれた箇所の麓あたり。
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縁起によれば、天長6年(829)、弘法大師十大弟子の一人、杲隣大徳(ごうりんだいとく)による開山とされています。その墓(中央が供養墓)。
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当初は、地青寺と称していましたが、弘治2年(1556)に後奈良天皇の勅令により宝金剛寺と改められました。

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戦国期には後北条氏の祈願所の一つとして栄え、足利晴氏や北条氏康の病気平癒祈祷がされたと伝わっています。所蔵される北条氏文書には、山林保護といった通例の寺社文のほか、寺の梅や松の木を小田原城の庭園に所望するものなどが残されています。
江戸期にも幕府の保護を受け、近世まで相州屈指の真言宗寺院として規模と寺格を誇っていました。

寺宝も多く、文化財の所蔵は県西部で最多のお寺の一つです。
仏像・仏画・古文書類は、それぞれは当時の地域における最先端宗教文化を今に伝える貴重なものです。
最近では、近世初期(桃山~江戸初期)の西洋童子像(セミナリオ等の日本人絵師により描かれたと思われる)が公開され、サントリー美術館に期間展示もされました。

建築物は残念ながら、ほとんどが近代以降のものですが、江戸末期に建てられた庫裏は昨年、国登録有形文化財に指定されています。

ご本尊・寺宝などの一部は、宝金剛寺HPで見る事が出来ます。
http://www.hohkongohji.jp/jihou/index.html
普段は非公開ですが、大日如来像や不動尊像だけなら、事前の問い合わせ(要志納)で拝観させてくれるかもしれません。鎌倉国宝館へ出張展示されることも時々あります。

さて、前置きが長くなりましたが、今日のメインはご本尊のお地蔵さん。
(下は県の生涯学習システムのサイト)
http://www.planet.pref.kanagawa.jp/app/search/cul/info?REG_ID=CULB01A-0003210&sort=&page=9&CATEGORY=cul
本尊の地蔵菩薩像は、平安時代・藤原後期の作と推定されています。像高49.3㎝。

その光背の上部には、蓮弁形のくぼみがあり、銅造の小さな如意輪観音像(像高8.7㎝)が納められています。
http://www.planet.pref.kanagawa.jp/app/search/cul/info?REG_ID=CULB01A-0003547&andor=and&sort=&page=1&word=%E5%A6%82%E6%84%8F%E8%BC%AA%E8%A6%B3%E9%9F%B3&CATEGORY=cul&range=50
背後に小さな如意輪さんが浮かぶお地蔵さんです。
光背は江戸期の後補ですが、如意輪観音像はやはり藤原後期と推定されており、恐らく地蔵さんと同時期に制作されたもののようです。

このお地蔵さんは、俗に「帯とけ地蔵」と呼ばれ、地域では今も安産守護の仏さまとして信仰を集めています。
寺伝では、平重盛が妹徳子の安産を祈り、このお地蔵さんのお腹に帯を結んだと伝わっていますが、台座の納入銘札には、重盛が各国に一体づつ建立させた内の一つと記されています。
真偽は分かりませんが、他県に同様の伝承がないものか気になるところであります。

如意輪観音は、俗信では女性守護の観音とされていますので、地蔵尊と共に安産信仰されることはよくあったのでしょう。ただ、セットになった像というのは珍しいのではないでしょうか。あくまで個人的見解ではありますが。

こちら普段は秘仏で厨子の扉の中。
(過去に何度か文化財公開の機会に拝観させて頂いた事はあります)
ということで、今日は、ご尊顔を直に拝む事叶いませんでした。が、代わりに「めぐり地蔵」というのを拝ませて頂きました。これは、高さ40センチくらいの小厨子に納められたお地蔵さんで、妊婦の居る家に貸し出しされた本尊ご分身。かつてこの地域の家々で巡回されたので、めぐり地蔵さんと言うそうです。
こういう民間信仰における持ち回りの仏像があるのは知識では知っていましたが、実物を見たのは初めてでした。ご住職のお話では、山向こうの橘地域ではまだこうした習慣が残っているとのこと。

それにしても、県内では北条政子の安産祈願を伝える寺社は幾つかあるのですが、平徳子の安産祈願のお寺というのはやはり珍しいかと思います。
徳子や安徳帝の関係となると、つい水天宮を連想するのですが、水天宮の安産神信仰が流行るのはもっと後世の気がしますし。

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山内は、黄紅葉鮮やか。やや霞空ながら富士も望めました。

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本堂前にはしだれ桜もありますが、個人的には梅の花の頃がお勧めです。

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