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馬博と根岸歴史散策

馬の博物館(横浜市根岸区)へ企画展『ススメ!小田原北条氏』を観てきました。
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実は馬博は初訪問。知ってはいましたが、今までなんとなく琴線に触れなかったというか、大して期待していなかったというか。
ナメてました自分(苦笑)。大変楽しい博物館でした。
今企画を抜きに常設展だけにしても、多角的に馬と人との関わりを紹介していて興味深いです。
http://www.bajibunka.jrao.ne.jp/U/U01.html

個人的にグッと来たのは、遠野の古民家(曲がり屋)の再現展示。馬屋と住宅が土間を挟んでL字型に繋がった構造で、東北地方の特徴的な民家の様式です。コレ、以前に古民家の写真集で見て以来、興味を持っていたのです。
再現セットとは言え、内に佇んでいると、映画『馬』で娘(高峰秀子)が仔馬が生まれるのをジッと待っているシーンを思い出しました。

また、木曽地方の馬頭観音像も興味深いもので、道祖神と習合した双体の馬頭観音。馬文化の濃い地域ならではです。

さて、肝心の企画展の方はどうだったのかと言うと、これまた満足の展示でした。
(タイトルはアレですけど…笑)
徳川幕府による伝馬制度の礎になったもの(の主要なひとつ)として、後北条氏による横浜市域の支配事例や運輸・伝馬のあり方を文書史料を中心に紹介。
馬上の身分にふさわしい小田原鉢の優品や、参考資料として江戸期の馬甲冑や荷駄鞍、さらに戦国時代の小田原城および城下を想像させる図画類と出土遺物などが展示されていました。

解説パネルも、文書の現代語訳表示など、大変分かりやすく説明してあり、ふと小田原城天守閣展示の文書類もこのくらい親身な説明を来館者へ供すべきだと思ってしまいました。

今展示で最も見たかったのは、ポスターに写っている螺鈿(らでん)鞍。
豊川市の菟足神社が所蔵するもので、伝来経緯は不明とのことですが、裏側に“氏綱(花押)”“天文五年三月十日”と刻銘されています。
黒漆に青貝を散りばめ螺鈿をした美しい作品ですが、残念ながら、銘を見せるために裏返しての展示でした(苦笑)。

別室では、上杉景勝所用の「伊予札萌黄糸綴両引合胴具足」が特別展示されていました。この前の小田原城天守閣の甲冑展では正面からしか拝見できませんでしたが、こちらでは独立したガラスケースの展示で、二重シコロの後側などよく見る事が出来ました。

充実の展観後は、極上の秋晴れの下付近をぶらぶらと。

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博物館となりのポニーセンター。

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この綺麗な毛並みのポニーさんは、ペルニーて名だそうです。

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公園内は黄葉がちょうど見ごろでした。

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旧横浜競馬場 一等馬見所の建物。
スタンド席はこの裏側なのですが、米軍敷地内で見学不可。

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地蔵王廟。公園から山手方面に少し行った高台にあります。
ここは、明治六年(1873)横浜在住の中国人が設けた墓地で、地蔵王廟は同二十五年(1892)に建てられたもの。

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横浜市内最古の近代建造物だそうです。
私、中国の建築とかはさっぱり分かりませんが、中華街の華美な関帝廟・媽祖廟とかと全然違いますね。レンガ造りだし。
横浜市教委の説明板によると、広東や台湾など南方特有の形式だとか。
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王廟内には中央にお地蔵さん、その左右の区画に位牌。こういう配置のあり方は日本と余り変わりませんね。
お地蔵さんは、冠被ってるのが中国風?でも、錫状持ってるし、お姿としてはそんなに変わらないもんです。
邪魔にならないようチラと、墓参してる方を眺めてましたが、やはり作法は違いますね。
私も参拝させてもらいましたが、作法は良く分からないので、お地蔵さんのご真言で済まさせて頂きました。

で、もう一度森林公園に戻って、次は根岸駅方面へ。
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途中、米軍住宅やら敷地の外周を迂回するので遠回りな感じです。
(関係無いですが、良いエンブレムですね)

根岸八幡社の前を過ぎて小路に入ると、右手にこれまた良さげな物件(笑)
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こちらは、横浜市指定有形文化財となっている旧柳下邸。
明治時代に海外からの銅鉄引取商で財を成した柳下家の旧邸で、現在は「根岸なつかし公園」として市民に供されています。
母屋は大正八年(1920)、蔵は九年の建築。洋館は大正十二年の関東大震災後に増築されたようです。

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居間。昔はここから根岸湾が見えたとか。
日当たりの良い奥の部屋は、戦後に増築されたもの。

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客間。

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洋館二階への階段。二階は非公開。昔は富士山や海の眺望に勝れていた事でしょう。
一階は、天井から窓まで洋風に設えられていますが、床だけは畳敷き。八畳間ですが、天井が高い部屋なので狭く感じました。


…と、そんなこんなの歴史散策でした。
地蔵王廟も「なつかし公園」も入場無料。
建築好きやハイソな雰囲気を味わいたい方は、三渓園や山手洋館などと併せて見学すれば、楽しい一日散歩コースになるかと思います。

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それにしてもこの辺り、西に富士山、東に横浜港を望める風光明媚な高台。
おまけに沿道に並木や公園も多く、とても閑静な住宅街。
麻布といい米軍サンは良い物件押さえてますなァ。
帰り時、根岸駅前から見上げた時は、映画『天国と地獄』の権堂邸を連想せずにはおられませんでした(笑)。

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