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八幡山 現説

このほど25日(土)・26日(日)の二日間にかけて、県立小田原高校敷地内で行われている小田原城跡八幡山遺構群(第五次調査)の現地説明会が行われ、私も見て来ました。

今回は、昨年に調査および公開された西曲輪西堀に近接する「三味線堀中堀」(庭球場側の旧門脇)と、西曲輪と本曲輪の間に当たる「本曲輪北堀」(調査区は旧水泳プールを中心に)が主な調査対象。

ピンクの部分が堀で、濃い部分が調査で確認された箇所。
左側の西曲輪西堀と三味線堀中堀の北側は前回の4次調査で確認された部分。今次は、右下の本曲輪北堀と三味線堀中堀の南部分です。


下記の「財団法人かながわ考古学」さんのサイトで、現地説明会の案内が見れますので、そちらをご覧頂きたいのですが、要約しますと…

○三味線堀中堀の幅が10~11mであること
Photo_3
北側(構内敷地より庭球場側)


○三味線堀中堀が南側で屈曲し、全体として西側に弧を描く形であったらしいこと
Photo_2
今回確認された南側(太い根がささっているのが地山で、肩から法面)
後方は北側。中堀は西へ弓なりになっているらしい


○本曲輪北堀の幅が27~28mであること(昨年出土した西曲輪西堀より広く大きい)
Photo_4
右側の白線が、本曲輪北堀の西曲輪側の条線。
白いコンクリート部分は、小田原高校の旧水泳プールの床です。
右側の石組み遺構に関しては詳細を尋ねるのを忘れてしまいましたが、「高台」下の水路石組とは明らかに違う河原石による造りです。
不覚にも堀と同じ面の遺構かも確認してこなかったのですが、近世の堀への排水路でしょうか??

城絵図や古地図によれば、堀は、このプールの向こうに抜けた辺りで南東に曲がり、本曲輪南堀(旧正門前の保護樹林)へと繋がっているようです。


Photo_5
左の白線が上図の右の白線となります。覆土の状況から、ほぼ自然堆積のようです。
本曲輪北堀は堀幅だけの確認に留まりました。
この辺りに新たな部室などを立てるとのことで、工事への影響が無いよう、旧プールの床は剥がさないとされたそうです。 (でも、やはり床下までしっかり調査して欲しかったですね)


Photo_6
こちらは、西曲輪から見た本曲輪「高台」の繁み。
下の黄色いフェンス内が本曲輪北堀の調査区です。

○本曲輪北堀の覆土から、埴輪(壺形埴輪、4C後半~末)が出土。櫓台と想定されていた本曲輪北側の「高台」と呼ばれるマウンドが、古墳(おそらく古墳前期)であった可能性が出てきたこと
Photo_7
左の半分切れかかってるプレートが「埴輪出土位置」です。
中央の白線が本曲輪北堀の本曲輪側の条線で、トレンチ内に堀法面が出土しています。
こちらの石組みは、旧制中学時代のものかと思われます。割石の形が昨年の西曲輪西堀で出土した貯め池のものと似ています。
背後のマウンドが古墳の可能性が高くなった「高台」です。
塚が櫓台に使用されたケースもありますので、櫓台の可能性が無くなったわけではないと思います。

○埴輪は小田原市内では初の出土で、県内でも確認されている中では古期の方に属するということ
Photo_8
壺型埴輪だそうです。


…などです。


こちらが、かながわ考古のサイト(表紙)
http://www.kaf.or.jp/

該当ページは、「行事のご案内」から見れます。
当日配布されたパンフもその内アップされると思います。


今回は写真的には地味なのですが、本曲輪北堀の幅が確認できたり、マウンドが墳丘であるらしい事が分かってきたりと、なかなか興味深い内容でした。
ただ、大規模だと確認された本曲輪北堀は、西曲輪北堀のように堀底まで調査されずに埋め戻される予定のようで大変残念です。
三味線堀もそうですが、今までの例からも、障子を伴う堀である可能性が高いと思われます。

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