今年の小田原勢もとい不肖・蒼庚斎の出陣日誌は以下の様であります。

04:53発の小田急にて小田原を出発。
その前に毎年恒例としている、駅前の北条氏政・氏照両公の墓前にて出陣の挨拶。

我が指物である提灯を墓前に置き、合掌読経。
そして、氏政公には武田家加勢の許可並びに北条家顕彰役の無事遂行、氏照公には八王子筋からの甲州入りとなる道中の安全と武運を祈る。
さらに本年の合戦祭は、北条三郎殿こと上杉景虎様の命日(旧3月24日)にあたるのも何やら奇しき日取り。
祭りの設定舞台は川中島合戦とはいえ、御館一乱遅きに失した北条勢の悔恨、そして三郎殿の無念を少しでも晴らして差し上げたい意を持って参じたのであった。
町田で横浜線に乗換え、八王子に着いたのが6:31。
特急あずさ始発が7:29のため、駅前のロッテリアで暫し時間を潰す。
あずさは時間通りの出発。
車内にはすでに石和へ赴く団体が数組乗車していた様で、早くも気持ち高ぶった声が時折聞こえた。
暫し桂川沿いの山林を過ぎ行けば、右手に岩殿山の鏡岩。

見下ろすようなそれは、まさに郡内もとい甲斐の鉄門扉の如し。
さらに幾山過ぎると果樹園広がる国中盆地である。
一年ぶりに下車した石和温泉駅。
駅前に祭参加の小集団が幾つも待ち合わせする光景も一年ぶり。
我が属する三浦部隊定宿の風林閣に着くと、ちょうど受付へ出発の折。
同じく定宿とする幕府軍はすでに出た後の様。
まさに戦場にて初間見える事となった。
着付けからリハに関してはほぼ例年通り。
違うのは、別働隊一手“火の隊”に属した事くらいか。
今年の我々は、鬼退治で名高い多田淡路守満頼の隊を担う事になった。
守りより攻め、槍働きも鬼の如く為すべしと期待されている(?)。
昼食休憩の時間、先日鮫ヶ尾城跡に行った同隊の京極殿に写真を見せてもらった。
予想以上に広かったそうである。
確かに写真から見る景色は遠くまで眺望が利きそうであった。
例の焼けたおにぎりも見てきたとの事。
私も一度は訪問せねばと常々思っている。
13時頃、最後の確認を終えると、着付け場所の北小より出陣。
出陣に際しては、箱根・伊豆山・鶴岡八幡宮を遥拝し、高野山高室院本尊・薬師如来と三浦隊馬標にも使われている不動尊のご真言を七編唱えるのも私の密かな慣習である。
天気明朗にして、将士の意気軒昂。
沿道の見物客が手を振り声をかけてくれる所は、惜しいけれども我が小田原より身近な温かさを感じる。
先に陣組を終えた越後勢を横に睨みつつ、我々も川中島へ。
上杉陣を見れば、そこには真新しい「愛」と「義」の旗が翻っているではないか!
武田陣でも(もしや?)と話をしていたが、今年の大河ドラマの主役・直江兼続と主・上杉景勝が特別設定として参陣していたのである。
これで私のターゲットは決まった(笑)。
(無論、御館の仇討ちじゃ!)
着陣が済むと我々は暫し待機。
祭りは関係者挨拶の後、故事再現ドラマや出陣の儀、砲術披露、演出隊による殺陣を経ていよいよ両軍合戦へと移る。
一般参加者には、その間が意外と長く感じられる。
今年も日差しが厳しかったので体調を崩した人も少なからずいた模様。
ただ、回を重ねて参加している隊も少なくないのがこの祭り。
そうした人々は飲料その他の装備や息の抜き時など心得ている。
回を重ねるたびに楽しみ方が広がってくるのも、このイベントの大きな魅力であろう。
ところで我々は別働隊である。

(※この写真はみくりん殿撮影のもの)
主力が川中島で越後勢と槍合わせをしている時、我々は川下を迂回して上杉陣近くへ移動中。
移動の段取りがスムーズに行われたためか、余裕を持ち合戦後半まで体力を温存できたのである。
よって後半の合戦では、我ら“火の隊”は新手主力として越後勢に猛撃を加えた。
突撃する事三度。
一度目は本陣前の槍武者に阻まれたが、二度目は直江違いの実綱に一太刀。
三度目、駆けに駆け、ついに直江兼続を見つけるも、あと三・四歩ほどの所で上杉景勝と槍隊(上田衆かw)に阻まれ、刃を交えている内に後退されてしまった。
何ゆえ、主が家臣を守っていたかは定かではないが、前立て「愛」の破損を気にして合戦に及ばなかったのではなかろうかと一考している(笑)。
それとも、万一に備え、景勝が兼続の具足を着ていたのか?
(後刻、兼続が偽者であったという噂も流れた 笑)
ともかく、三鱗を背負い景勝と刃を交えた事で良しとすべきであろうか。
が、深入りし過ぎた。
その帰路、続々と帰陣する越後勢に退路を阻まれるうち、幕府軍の征夷大将軍太郎殿と遭遇してしまった。
不覚にも「この寝返り者め!」と捕縛されかけたが(笑)、劣勢の越後勢が退却する混乱に乗じて何とか本陣に戻ることができたのであった。
…ということで、今年も無事に合戦祭を戦うことができた。
少しは“小田原勢ここにあり”を示せたのならこれに過ぎる喜びはない。
風林閣で私も入湯させて頂き、暫し休憩。
ビールが美味い!
夕食は駅近くの「月のうさぎ」で、祭り後の小打ち上げ兼夕食。
吉田うどんか、ほうとうどちらを食べようか迷った挙句、ナン付きイエローカレーを注文(笑)。
早かったので缶詰か冷凍かと思うが、予想以上に辛味が効いていて美味かった。
話も今日の興奮から、鈴白殿の憑依霊騒動など、楽しい食の席であった。
私にとっても一年に一度しかお目にかからない方が多いから、なんだか連休前に行楽のメインを食べてしまったような心地である。
ビールも馬刺しも美味かった♪
次の再開を約して、20時頃に解散。
私は当初電車で帰るつもりだったが、征夷大将軍太郎殿(御所様)の車は☆☆けん☆☆殿だけ乗車という事なので、今年もお世話に成る事に。
藤沢辻堂まで乗せて頂き、小田原の自宅へ着いたのは丁度24時頃であったろうか。
神仏及び北条家御霊、幹事の三浦介星友殿、その他この日お会いできた方々、声援を送ってくれた方々、皆様に深く感謝申し上げます。m(_ _)m
また来年も宜しくお願い致します。
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