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兼続が祀った曽我兄弟

20090319
写真は箱根神社摂社、曽我神社拝殿内も絵馬ですが、さきほど箱根神社のブログを見てましたら、興味深い話が紹介されていました。

http://hakonejinja.no-blog.jp/syamunissikara/2009/03/post_f2b5.html

小田原攻めの帰路に富士山麓で獲た曽我兄弟像を祀った神社が米沢にあるようですね。
富士山麓ということは、曽我八幡宮のある富士宮か曽我寺のある富士市のあたりでしょうかね。

http://www.naoe-kanetugu.com/trip_yonezawa/kandatumyoujin.html

上杉家や兼続に興味がある人には有名なのかもしれませんが、曽我兄弟の何に感じて木像を持ち帰ったのか気になります。
まあ、武田信玄の生誕伝説でも曽我五郎の生まれ変わりとかいうのがありますし、そのせいか甲府大泉寺の武田信虎の墓の隣には曽我兄弟の供養塔が並んでいます。
また南アルプス市の旧芦安村地区にも曽我十郎の恋人・虎御前の墓というのがあったり。


曽我兄弟を祀る寺社では、仇討本懐を遂げた5月28日に祭礼が行われる事が多いのではないかと思います。
兄弟討ち入りの夜に笠を燃やして松明代わりにしたという話から、兄弟の供養を、傘(笠)焼き=瘡除け、にかけて行われるようになったようですが、小田原市曽我谷津の城前寺では仏式、箱根神社境内の曽我神社では当然神式で催行されます。

遠いところでは鹿児島県加治屋町で行われる「曽我どんの傘焼き」。
これは鹿児島三大行事の一つとされる位で、規模も神奈川県のものより余程大きいようです。まだ実見していないのでよく分かりませんが。
また、どのような経緯で行われるようになったかも興味深いところです。(曽我氏の実家伊東家が後に九州へ移ったのに関係あるのでしょうか)
こちらも以前は旧暦5月28日に行われていたようですが、現在は7月第四日曜になっているようです。
http://www.city.kagoshima.lg.jp/_1010/kanko/7omatsuri/7-9omatsuri/0006115.html

米沢の神達明神の祭礼は7月16日。
もともと樋口家のプライベートな屋敷神のようですが、今は地域の鎮守さまということで、お神輿でも出るのでしょうか。


武士の時代はそれだけ『曽我物語』や芸能の曽我モノなどが親しまれていたのだと思います。物語の内容的にも庶民より武士が好むでしょう。

そのため祭神とした場合の性格は、(長年の苦難を耐え抜いて父の仇討本懐を成し得た)武芸や信念、孝行の精神というところでしょうか。

大石内蔵助が主君仇討の成功を祈って、箱根越えの際に「曽我兄弟の墓」(現在は違う遺跡と分かってますが、当時はそのように信仰されていた)に生えた苔を持ち帰った事は有名ですが、兼続の場合はどうだったのでしょうか。

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