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古民家探訪・岩瀬邸

先週末、文化財保護イベントの一つとして、地元でも古建築数件が公開された。
いずれも私有建築で普段は公開されない物件である。

毎年この時期に行われているもので、今回私は特に行く気は無かったのだが、この岩瀬邸は、自宅から最寄り駅へ行く途中にあるお宅だったので、もののついでに寄ってみた。

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岩瀬邸は、坂東三十三観音札所の飯泉観音への道「順礼街道」から少し奥まった地域にある。
このあたりは細い路地に生垣が巡らされた旧農家(現役の方もいる)が立ち並び、鎮守や道祖神、不動堂などが辻などに点在し、昔ながらの光景が良く残されている。
現存する茅葺屋根の古民家は二件。
岩瀬邸はその一つである。

岩瀬家はこの地の豪農の一つで、この家からは戦中から戦後にかけて三越の社長を務めた実業家・岩瀬英一郎氏が出た。
昭和三十八年に亡くなるまで、日経連常任理事および日本百貨店協会会長を務めている。

さて、黒塗りの板塀に沿って歩き表門に至ると、市が設けた説明板がある。
門柱の脇にある銅板製の解説板によれば、安政4~5年に建てられたとのことである。市内の優れた建造物に認定されている。

邸内に入ると、数名ずつの小グループに分かれて説明をして頂いた。
玄関から土間を抜けて裏庭に出る勝手の戸板は、もとの玄関戸だったらしく、通用口を引く向きが逆であった。

裏庭、というか勝手側の敷地には大きなケヤキの木が何本か立っている。門外からも見える大きな木で、この建物と一体の景色を成している。

そのはるか樹上ではオナガがギャーギャー鳴いていた。
営巣しているようだ。
後ほどお話したご主人曰く、
「見かけは良いが、声がひどくてね」

オナガは名前通りに尻尾が長く、羽や尾の一部が青色でなかなか美しい鳥なのである。
だが、声はカラスより酷く、ダミ声ときている。
それでも、近所の並木ではムクドリの大群による糞害が問題になっているから、ここのオナガ達は良い意味で守り鳥ではあろうか。

さて、建物だが。
市の文化財事業ということで、最近になってコンクリート固めの土間をはがしたり、裏の蔵の修復などが為されたようであった。

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とはいっても、今でも岩瀬氏が住んでおられるため、生活に必要な手は入れてある。
例えば、土間とデイ(土間から上がる板の間)の間は、長押の上、梁から棟木までの隙間は、板や土で埋められていた。防寒のためかと思うが、これは何となく英国のハーフティンバースタイルを連想させて美しかった。

間取りは、入口から土間に入って左手にデイ、手前奥に座敷が二間(仏間と書院造りの客間)。裏側奥は元は納戸のはずだが、今は居間に使っているようだった。
相模地域に多い、三間三間取りの農家造りが基本だが、一間分横長に大きい。
木鼻のような装飾もあり、これが安政年間当初のものかどうかは尋ねなかったが、経済力のある農家だったのだろう。

構造など、基本的な部分はオリジナルを残しているようである。
無論、幕末の建物だから長年の間にあちこち手は入れてるのだろうが。

最後の大きな工事は大正時代の震災前だという。
それだけ頑丈であったということか。

ご主人によれば、今後も保存活用していくご意思のようで、茅葺の維持のために囲炉裏を作ろうかなどと考えておられた。

県下でも、保存されている古民家は幾つかあるが、生きている古民家は少ない。
今後も現役を貫いて行って欲しいと思う。

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