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小田原城跡 八幡山遺構第四次調査 現場見学会

23日の午後、再建工事中の県立小田原高校で発掘された戦国期小田原城遺跡の見学会が行われ、見学してきました。
あいにくの雨でしたが、平日とはいえ見学者で賑わい、同遺跡に対する人々の関心の高さが現れていました。


遺跡が確認されたのは、県立小田原高校の旧校舎が建っていた土地で、今度グラウンドとなる場所。
立地は、小田原駅や城址公園の北西にあたる小山上(八幡山)で、この辺りに展開していた城郭遺構を「八幡山古郭群」と総称しています。
その内、小田原高校用地が占めるのは、西曲輪・藤原平と呼ばれていた場所で、古郭群の中心部に近い箇所です。


今回発掘された「西曲輪西堀」は、隣の藤原平との間を遮る堀ですが、今まで確認された小田原城遺跡の中でも最大級の規模になることが明らかになりました。

20081025a
堀の幅は上がおよそ23mで、下が12.5m。
(この写真で、手前と奥にチョークの白い線が引いてあるところが堀の肩になります)
深さは7m。隣接する高位の藤原平からの比高を入れると10m近くなるでしょうか。富士山の宝永火山灰層が、かなり下部にあるので、近代までほとんど手付かずのまま放置されていたのかも。

20081025b
土塁は確認されていないようですが、堀の埋め立てに崩されたのかもしれません。
法面(斜面)はいくぶん崩壊していますが、内側の方はかなり切り立った急勾配です。障子が立っている底部の方では元のシャープな法面の様子を止めていました。
(写真は外側法面)

堀底には後北条氏がよく用いた障子(堀底を畝状に掘り残し、敵兵の堀内移動を妨害する障壁)が検出。
障子の高さは1.4~1.7m。幅が底部で4m。上幅は、見た感じでは1.3m位でしょうか。かなり大きな障子です。
障子の上に刻まれている溝は水位調整のものではないかとの事。排水溝を伴う障子はたまに見るように思います。

大正時代の小田原高校(旧県二中)の池が障子の上に出来てしまって、完全な形で見えないのが残念ですが、こちらも今となっては立派な近代遺跡ではあります。
(障子の上にある半円形のモノがそうです)

興味深いのは障子の形状で、T字形を見せています。
調査区域の外で、これが十文字に交差している可能性もあるとの事。
山中城西の丸にあるような、複雑な障子堀となっているかもしれません。
(広角レンズでないのと、安全ロープの外から撮っているので、手前の障子残欠が見えませんが、中央の写真で写っているのがそうです)

以前発掘されて、やはり見学会が行われた藤原平南入堀でも、大規模な堀と障子が見つかっていますから、この周囲をそのように重防御な堀が巡っていたのかもしれません。


八幡山古郭は、後北条氏以前の大森氏時代から城があったであろうと考えられてきた地域で、城が拡張された後北条時代にはそれほど手を入れてなかったのではないかと思われてきました。
その認識が、これまでの調査で大きく改められつつあります。

今回発掘された西曲輪西堀や、藤原平南入堀などの例を見ても、豊臣秀吉の来攻に備えて築かれた大外郭に匹敵する規模。
そのような事から、現在見る遺構は、天正年間に武田氏や豊臣氏との戦いを意識して築かれたものと見られているようです。遺物も少ないのも使用期間の短さを考えさせます。

これらが整えられる前から城郭となっていたとは思われますが、古い堀は拡幅・掘り下げされてなかなか痕跡を止めていないのが城跡の難しいところ。
ただ、縄張が改められている可能性もあるでしょうから、曲輪の平坦面の調査をすれば、そういう事も分かるかもしれません。


このほか、堀の全貌とはいかないまでも、西曲輪の北にあった「三味線堀」(三本の堀が並列していたので、こう呼ばれたらしいです)のうち中堀で11mの堀幅がある事が確認されました。

20081025c
西曲輪の南東に接する「本曲輪北堀」も、西側の肩部と土塁跡らしい遺構のみ確認。
これも大型の堀になる可能性があるとの事。
(写真で旧校舎基礎の手前にあるのが堀の肩です)


概要は、(財)かながわ考古のサイトで当日配布資料が見れます。
http://www.kaf.or.jp/


それから、南曲輪の堀も試掘されたようですが、こちらも規模は大きいのではないかとの事。
これらは次年度の調査に持ち越されるそうです。

遺物で印象深かったのは、明治時代の“耕牧舎”の牛乳瓶。
近代学校遺跡の遺物になるわけですが、まあ堀池に投棄か落ちてしまったかのいずれかでしょう。

耕牧舎は茶人としても知られる、三井物産の益田孝(鈍翁)が渋沢栄一と共同設立した牧場で、箱根の仙石原にありました。
明治13~37年にしか運営されなかったので、今となってはレア物だと思います(笑)。
当時の商標が浮き彫りになったガラス瓶ってイイです。
(ちょっと見、薬ビンみたいですけど)

今年は益田鈍翁生誕160年・没後70年ということもあり、小田原だけでなく(財)畠山記念館でも展覧会が行われていますし、なかなかタイムリーな出土だったのではないでしょうか。

http://www.ebara.co.jp/socialactivity/hatakeyama/display/2008/autumn.html

http://www.post-ad.co.jp/donnou/

見学会は明日26日2:30にも開催されます。
ご興味ある方はぜひ見学なさってください。

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