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見仏・鎌倉国宝館 特別展『鎌倉の精華』

そして、再び逗子駅に戻って鎌倉へ。
今日は四度も逗子駅に来ております。

鎌倉駅を降りると人が沢山。
紅葉にはまだですが、さすが観光地。
人ごみを避けて、八幡宮境内の鎌倉国宝館へ。

20081019g
境内では「庭園展示会」なるコンペティションが行われていました。
以前、テレ東の『TVチャンピオン』で庭園造りの選手権がありましたが、そんな感じだったのでしょうか。
20081019h
各作品とも限られたスペースに見事な意匠を発揮していました。


さて、国宝館です。
こちらでは、開館80周年記念として、特別展『鎌倉の精華』が開催されています。
http://www.city.kamakura.kanagawa.jp/kokuhoukan/index.htm

80周年ということで、開館当初の展示を一部再現したり、今までの展示で出展された鎌倉時代の名品を一堂に並べて展示するという豪華企画です。
展示期間は、前中後と三期に分けられ、一部入れ替えがなされます。

その展示品リストは国宝館のサイトで見て頂くとして、印象に残ったものを幾つか。

まず、宝城坊の丈六薬師。
(有名な平安期鉈彫り像の方ではなく、鎌倉期のものです)
開館当初、伊勢原の日向薬師から出展されたそうですが、その数年後、祀っていた村で病が流行。
仏像を移動した祟りと恐れた、村の返還要求を受けて返還された過去があるそうで。
当時の騒ぎを伝える新聞記事も添えられ、大変興味深いものでした。
その薬師如来像、男性的な厳めしい表情で丈六の高さだけに、存在感があります。

何か感じるものがあるのか、ご婦人が一人、じっと前に佇んでおられました。手を合わせていたようです。
国宝館は内部が寺院建築を模しており、今の博物館然としていません。何か通じるものがあるお像には、そのように拝したくなる気持ちも分かります。


市内渡内の慈眼寺から出展の十一面観音像は量感ある作品。
後の戦国時代に、玉縄北条氏の新八郎(北条氏繁三男の直重、氏成)が母(北条氏康娘)と連名で、修復寄進したものだと思います。

慈眼寺は以前に玉縄オフで訪問した折、ご本尊を拝観できませんでした。ようやく、お目にかかれたわけです。


戸塚区、證菩提寺の阿弥陀三尊。石橋山の戦いで討死にした佐奈田与一義忠の供養に建立されたお寺で、阿弥陀如来像が平安末期。後に加えられた脇侍が鎌倉初期の作。
佐奈田与一関連として、また県内の有名仏像の一つとしても、一度は見たかった作品でした。


和田義盛ゆかりの伝説がある、横須賀市、清雲寺の毘沙門天像。
兜が取り外しできるのが面白いです。
シコロの広い兜の形状も、大鎧を意識したように見えました。


小田原市の宝金剛寺からは青不動像と銅造大日如来。
こちらも、宝物館開館当初の陳列品だったそうです。
寺の宝物館でも以前拝観しましたが、照明が違うためか雰囲気違って見えます。


そして、五島美術館の愛染明王像。
展示内最大の迫力かもしれません(笑)。
もとは八幡宮寺の愛染堂本尊だったそうです。
できるなら、護摩堂の薫煙ごしにお会いしたいくらいの憤怒相。


大船、常楽寺の文殊菩薩像も。
これは、普段は初天神の時くらいしか拝観できないので、嬉しい展示でした。


気になるのは、極楽寺からの十大弟子像。
釈迦如来坐像が金沢文庫に展示されてましたが、そうなると今の極楽寺の宝物館はかなり寂しい展示になっているのではないでしょうか。
まあ、私が心配する事ではないのですが。


絵画では、建長寺の蘭渓道隆像が国宝とピカ一ですが、保護の暗照明のためか、印刷物より見にくかった気がしました。

中国風の仏教画はどちらかというと余り好みではないのですが、牧谿様の猿猴図や、円覚寺の白衣観音図(こちらも伝・牧谿筆)はゆったりして好きな作品です。

建長寺と円覚寺の展示品は、11月3~5日の宝物風入れ公開の為か、中期の展示では外されるものが多そうです。
逆に、この時期に両寺と国宝館展示を見に行けば、1日でかなりの作品が見れるでしょうね。


書跡・工芸は、地味な展示になりやすいですが、円覚寺境内絵図などは、門前の石垣とか民家の並びなども見えて面白いです。

やぐらや寺院から出土の骨蔵器も多様です。
西方寺跡出土の銅製五輪塔や宝塔などは当時の石塔の形状も現れていて、お墓ウオッチャーな私にとってはかなり興味深いものでした。


とまあ、一時間半ほど拝観。
その後、若宮八幡宮に参拝して、今回の怒涛の見仏を終了しました。

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見仏・金沢文庫 特別展『釈迦追慕』

浄楽寺で一時間ほど見仏を堪能した後、バスで再び逗子駅へ。

葉山のあたりから車内が混雑して来ました。
この辺りは公共交通がバスのみなので、渋滞の時は不便そう。船とか持ってる人は別でしょうが(笑)。
窓から見ていると、原付に乗っている人が目立ちましたが、一番有効な乗物かもしれません。

逗子駅に戻ると、少し離れた京急の新逗子駅から今度は金沢文庫駅へ。

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県立金沢文庫では現在、特別展『釈迦追慕』が開催されています。
http://www.planet.pref.kanagawa.jp/city/bunko/tenjiannai.htm

隣接する称名寺の清涼寺式釈迦如来像の造立700年記念の企画ということですが、私の場合、もう一つの目玉である、運慶作・大威徳明王像が目的だったりします。
同様の人も多いはず。

展示作品には、称名寺の釈迦如来立像(清涼寺式)および十大弟子像を代表に、京都峰定寺の釈迦如来立像、岐阜即心院の釈迦如来立像、鎌倉極楽寺の釈迦如来座像、称名寺の十六羅漢図、仏涅槃図などが出され、鎌倉時代の釈迦信仰および清涼寺式釈迦如来像が広まった背景を見るというもの。
即心院のお釈迦様は、小さいですが、載金が鮮やかな清涼寺式釈迦像で目を引くものでした。

また、釈迦遺骨である舎利信仰から未来仏・弥勒信仰へと発展する事などもテーマの一つとして展示。

こちらでは、称名寺塔頭・光明院(写真)の弥勒菩薩座像が展示されました。先ほどの運慶作・大威徳明王像と共に9年前に見つかったものです。
この弥勒像の胎内から、奈良の室生寺の仏舎利8粒が発見されました。

仏舎利は室生寺では現存していないらしく、貴重な発見として新聞記事にもなりました。

今回、奈良博から出展された「弘法大師二十五箇条遺告」という文書では、室生寺の仏舎利を用いて外敵を撃退させるという空海遺伝の修法が記されていてます。
新聞記事では、元寇の時この法を修するために納められたのではないか、という文庫学芸員の見解が記されていました。

その室生寺からも出展があって、重文の大神宮御正体などが来ています。
また時代は下りますが、戦国時代に製作された室生寺の宝篋印塔型舎利厨子は、厨子扉の内側に護法神(四天王?)が描かれ、室内にはダラニが金で細筆されています。鮮やか。
舎利は水晶製五輪塔で4cm位でしょうか。
つい見とれてしまいました。


そして、運慶作・大威徳明王。
展示の最後に居わします。
この像についてはすでに各メディアで取り上げれていますが、今月の神奈川県の生涯学習情報誌「PLANETかながわ」にも紹介されていました。(表紙に写真、P9に説明)
http://www.planet.pref.kanagawa.jp/gigyou/teikyou/pla46/pla46.html

小像ながら端正。
牛に乗った完全体で見れたら、さぞ見応えがあったろうと思います。
浄楽寺の仏像は30代の頃の作品で、こちらは最晩年の作。
この頃は、幕府や有力者など限られた人からの依頼のみを受けていたとか。
本像は、胎内文書の記述から、源頼家・実朝の養育係を務めた、大弐局(だいにのつぼね・加賀美遠光の娘)の発願によるものではないかと見られています。

それにしても、今年は運慶づいている(笑)。

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称名寺参道。
紅葉はまだです。

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見仏・横須賀 浄楽寺(運慶仏五体)

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間が空きましたが、19日は仏像めぐりに行ってきました。

今月初めにたまたま、部屋にあった雑誌『週間 原寸大 日本の仏像』の40号「運慶仏めぐり」をパラパラ見てましたら、この日が横須賀市の浄楽寺というお寺で行われる年に二度の仏像公開日だと知りまして。

浄楽寺は、和田義盛が文治五年(1189)に建立した七阿弥陀堂の一つが前身とされる古刹。建永元年(1206)の風害に遭った後、鎌倉の大御堂(源頼朝が父・義朝の供養のために建立した勝長寿院)の建物一部を移築して再建したことから、院号を勝長寿院とした由来があります。

ここにある運慶仏は5体で、阿弥陀三尊および不動明王と毘沙門天。
いずれも国重文です。

江戸時代の地誌などでは、阿弥陀三尊は鎌倉の勝長寿院にあった本尊を移したものだと考えられていましたが、昭和34年(1959)、毘沙門天像から胎内銘板が発見されたのが契機になりました。
銘板には、文治五年(1189)、和田義盛夫妻を願主として運慶が小仏師10人を率いて造立したことが記されていたのです。

その後、昭和45年に不動明王像からも同じ内容の銘板が見つかり、阿弥陀三尊の胎内に記された墨書銘の書風(つまり筆跡鑑定ですな)もこれらと一致する事から、5体いずれもが運慶によるものだと判明したのでした。

そして文治五年といえば、寺伝で云われていた和田義盛の七阿弥陀堂の創建の年であることから、この像は当時の本尊であったと確信されたのだそうです。

さらに、この書風による鑑定で伊豆の願成就院の像(阿弥陀如来・不動および二童子・毘沙門の五体)も、浄楽寺の三年前の運慶作と断定されることになり、浄楽寺での発見は運慶研究を大いに進めるものとなったのでした。

まあ、上の多くは帰宅してから頂いた資料やら書籍やらで知ったのではありますが。
今、あらためて色々と本など見てみますと、よく写真で紹介されてる仏像だったのですね。


ところで今回の拝観、実は前日まで行くか行くまいか迷っていました。
が、当日になってみると朝早く目が覚めてしまい、もう行くしかないなと(笑)。まるで遠足を控えた小学生みたいです。


JR横須賀線の逗子駅からバスに乗って約25分。
途中、葉山御用邸前を過ぎて長者ヶ崎あたりに出ると、道は海沿いに。
秋らしい群雲が西の空に広がりつつありましたが、まだ湿度は感じられず、朝光爽やか。
ほぼ無風でしたので、海のにおいは薄っすらと。

バス停「浄楽寺」で降りると、お寺は目の前です。
門前には、“特別開扉”と書かれた立て看板。
しかし、そこには10時からとありました。
時計を見ると、まだ9時前。
不覚。
渋滞を避けるために早く来たのですが、開館時間の確認を完全に忘れていたのでした。

本堂の周りをうろついてみたりしましたが、世話人さん達も到着したばかりで、掃除や飾りつけなどでバタバタしています。
やはり、10時まで待つしかなさそうです。

時間を潰すため、少し道を戻り、途中のコンビニでおむすびとコンポタを買い、立石海岸に行ってみました。

20081019a
立石。
たしか浮世絵の画題にもなっていたはず。
相模湾向こうの伊豆や富士に陽が沈む夕景は、今でもカメラマンに人気の構図です。

沖ばかりでなく、海岸線もまた変化に富んで景色に優れています。
この辺りから長者までの岸壁沿いを「大崩」と呼ぶのだそうです。
かつて北条早雲の軍勢に追われた三浦道寸の軍が、抵抗をしつつ新井城へと後退していったのだとか。
地名の由来はやはり地形にあるのでしょうが、語り聞く悲話が結びついていったのでしょうか。

10時になったので、ちょうど通りかかったバスに飛び乗り浄楽寺へ。
拝観のお客が結構集まって来ていました。

少し早足に本堂本尊で拝礼、そして裏手の収蔵庫へ。 コンクリ造りのしっかりした建物です。
入口には沢山の履物。早くも拝観者でいっぱいでした。
開館してまだ5分程だというのにこれだけ来館しているというのは、意外と近所の方々が多いのかもしれません。
拝観料100円を払うと、お寺や仏像の説明を記したプリント2枚手渡してくれました。


館内は、中央に阿弥陀三尊。右手に不動明王。左手に毘沙門天の尊像。
http://www.city.yokosuka.kanagawa.jp/bunkazai/kuni01.html
http://www.city.yokosuka.kanagawa.jp/bunkazai/kuni04.html

阿弥陀如来は座像で、この三年前に建立された伊豆韮山の願成就院の阿弥陀像とよりやや低い像高。
保存状態は浄楽寺の方が優れているようです。
素人目には、金箔が落ちた状態の願成就院の阿弥陀様に比べ、(後補とはいえ)再貼しているこちら浄楽寺の阿弥陀様の方に、浄土曼陀羅の如き荘厳さをイメージし易く感じました。
厚めで男性的な安定感があるものの、顔は丸みを帯びて表情もやや和かく感じます。

脇侍の両菩薩も実に堂々としています。
それぞれ一体で安置しても、本尊としての存在感があるのではないでしょうか。
今のところ、確実な運慶作の菩薩像としては唯一の作例だそうです。


不動明王像は、への字に歯をくいしばり、片目をすがめた面相。
なかなか凄味のあるお顔です。
剣や索を握る両腕は、特に肘から前腕にかけて大きな力がみなぎっている緊張感を感じました。
心なしか玉眼が血走っているようにも見えます。


毘沙門天像もまた、眼光鋭く力強い動きを感じるお姿。
東国武士好みらしい逞しさとでもいえましょうか。
願成就院の毘沙門像は、ふくよかな顔と伸びやかな姿勢が安定感を感じましたが、こちらはより好戦的というか動きを感じます。

これら浄楽寺(の元の阿弥陀堂)の阿弥陀・不動・毘沙門の組合せは、願成就院と同じ構成。
一説には、三浦氏一門の和田義盛が北条氏に対抗して建立させたものだとも考えられてもいるようです。
不動尊に強烈な憤怒、毘沙門天に好戦的な感じを受けたのは、そのような背景があるからでしょうか。
それとも、私が北条贔屓な人間だからそのように感じたのでしょうか(笑)。

そのほか、不動明王像から出た銘札や北条政子が寄進したという銅製懸仏も展示されていました。
ただ、真贋が明らかではないようです。

収蔵庫内では、ご朱印も受付ていました。
不動尊と毘沙門天の判があるようで、これを目当てに訪問されている方々もいたようです。

退出する前、少し下がった位置で阿弥陀三尊を拝みましたが、先ほど間近で見上げたときより、阿弥陀の視線といい三尊のバランスといい、しっくりするものがありました。
本来の阿弥陀堂で祀られていた姿がどのようであったかは分かりませんが、そのぐらいの距離をおいて拝むよう配置されていたのでしょう。たぶん。

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小田原城跡 八幡山遺構第四次調査 現場見学会

23日の午後、再建工事中の県立小田原高校で発掘された戦国期小田原城遺跡の見学会が行われ、見学してきました。
あいにくの雨でしたが、平日とはいえ見学者で賑わい、同遺跡に対する人々の関心の高さが現れていました。


遺跡が確認されたのは、県立小田原高校の旧校舎が建っていた土地で、今度グラウンドとなる場所。
立地は、小田原駅や城址公園の北西にあたる小山上(八幡山)で、この辺りに展開していた城郭遺構を「八幡山古郭群」と総称しています。
その内、小田原高校用地が占めるのは、西曲輪・藤原平と呼ばれていた場所で、古郭群の中心部に近い箇所です。


今回発掘された「西曲輪西堀」は、隣の藤原平との間を遮る堀ですが、今まで確認された小田原城遺跡の中でも最大級の規模になることが明らかになりました。

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堀の幅は上がおよそ23mで、下が12.5m。
(この写真で、手前と奥にチョークの白い線が引いてあるところが堀の肩になります)
深さは7m。隣接する高位の藤原平からの比高を入れると10m近くなるでしょうか。富士山の宝永火山灰層が、かなり下部にあるので、近代までほとんど手付かずのまま放置されていたのかも。

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土塁は確認されていないようですが、堀の埋め立てに崩されたのかもしれません。
法面(斜面)はいくぶん崩壊していますが、内側の方はかなり切り立った急勾配です。障子が立っている底部の方では元のシャープな法面の様子を止めていました。
(写真は外側法面)

堀底には後北条氏がよく用いた障子(堀底を畝状に掘り残し、敵兵の堀内移動を妨害する障壁)が検出。
障子の高さは1.4~1.7m。幅が底部で4m。上幅は、見た感じでは1.3m位でしょうか。かなり大きな障子です。
障子の上に刻まれている溝は水位調整のものではないかとの事。排水溝を伴う障子はたまに見るように思います。

大正時代の小田原高校(旧県二中)の池が障子の上に出来てしまって、完全な形で見えないのが残念ですが、こちらも今となっては立派な近代遺跡ではあります。
(障子の上にある半円形のモノがそうです)

興味深いのは障子の形状で、T字形を見せています。
調査区域の外で、これが十文字に交差している可能性もあるとの事。
山中城西の丸にあるような、複雑な障子堀となっているかもしれません。
(広角レンズでないのと、安全ロープの外から撮っているので、手前の障子残欠が見えませんが、中央の写真で写っているのがそうです)

以前発掘されて、やはり見学会が行われた藤原平南入堀でも、大規模な堀と障子が見つかっていますから、この周囲をそのように重防御な堀が巡っていたのかもしれません。


八幡山古郭は、後北条氏以前の大森氏時代から城があったであろうと考えられてきた地域で、城が拡張された後北条時代にはそれほど手を入れてなかったのではないかと思われてきました。
その認識が、これまでの調査で大きく改められつつあります。

今回発掘された西曲輪西堀や、藤原平南入堀などの例を見ても、豊臣秀吉の来攻に備えて築かれた大外郭に匹敵する規模。
そのような事から、現在見る遺構は、天正年間に武田氏や豊臣氏との戦いを意識して築かれたものと見られているようです。遺物も少ないのも使用期間の短さを考えさせます。

これらが整えられる前から城郭となっていたとは思われますが、古い堀は拡幅・掘り下げされてなかなか痕跡を止めていないのが城跡の難しいところ。
ただ、縄張が改められている可能性もあるでしょうから、曲輪の平坦面の調査をすれば、そういう事も分かるかもしれません。


このほか、堀の全貌とはいかないまでも、西曲輪の北にあった「三味線堀」(三本の堀が並列していたので、こう呼ばれたらしいです)のうち中堀で11mの堀幅がある事が確認されました。

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西曲輪の南東に接する「本曲輪北堀」も、西側の肩部と土塁跡らしい遺構のみ確認。
これも大型の堀になる可能性があるとの事。
(写真で旧校舎基礎の手前にあるのが堀の肩です)


概要は、(財)かながわ考古のサイトで当日配布資料が見れます。
http://www.kaf.or.jp/


それから、南曲輪の堀も試掘されたようですが、こちらも規模は大きいのではないかとの事。
これらは次年度の調査に持ち越されるそうです。

遺物で印象深かったのは、明治時代の“耕牧舎”の牛乳瓶。
近代学校遺跡の遺物になるわけですが、まあ堀池に投棄か落ちてしまったかのいずれかでしょう。

耕牧舎は茶人としても知られる、三井物産の益田孝(鈍翁)が渋沢栄一と共同設立した牧場で、箱根の仙石原にありました。
明治13~37年にしか運営されなかったので、今となってはレア物だと思います(笑)。
当時の商標が浮き彫りになったガラス瓶ってイイです。
(ちょっと見、薬ビンみたいですけど)

今年は益田鈍翁生誕160年・没後70年ということもあり、小田原だけでなく(財)畠山記念館でも展覧会が行われていますし、なかなかタイムリーな出土だったのではないでしょうか。

http://www.ebara.co.jp/socialactivity/hatakeyama/display/2008/autumn.html

http://www.post-ad.co.jp/donnou/

見学会は明日26日2:30にも開催されます。
ご興味ある方はぜひ見学なさってください。

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ういろう喫茶

小田原の名産の一つである「ういろう」。
薬(透頂香)・お菓子ともに外郎家に由来するものです。
京に残った外郎家が廃絶した中近世以降、小田原外郎家がその本家的な存在であります。
商標権の独占には敗れましたが…(苦笑)。

まあ、それはともかく・・・、

その小田原駅前支店がリニューアルして数ヶ月。
先日、ようやく行ってまいりました。

以前の小田原地下街の支店ではお菓子のみの販売でしたが、今回は独立した店舗で、薬局の方がメインという感じです。
20081025d
本店を意識したような瓦葺屋根の上には、「駅前調剤薬局」と看板が掲げられています。

ここ、喫茶部がカウンター奥にあるのですが、気が付かない人が少なくないかもしれません。
看板も「薬局」だし、サトちゃん立ってるし…。

今回は、桜町中将さんと小田原高校での遺跡見学会の後に寄ったのですが、駅ナカのスタバとかベックスなんかは雨のせいか待ち行列があるほどだったのに、駅から少し歩いたココは我々ともう一組のみ。

喧しい学生とか居ない(というか、似合わない)ので落ち着けるのですが、少々、商売ッ気が無いかもしれません。
しかも、本社サイトには未だに駅前支店オープンの事すらアップされてないし(笑)。
まあ、それが小田原の「ういろう」らしい感じもするのですが…。

店内は玉砂利が敷いてあったり、蔵つくりの本店をイメージしたような白を基調にしたデザイン。
広くは無いですが、小奇麗な和風喫茶です。

20081025e
今回は600円の「あんみつパフェ」を注文。
(ご馳走様でした!桜町中将様m(_ _)m)

口直しの酢昆布が付いてきます。
お茶は、食前に緑茶、食後にほうじ茶。
地味だし、値段に比べて容量は少なく見えるかもしれませんが、和菓子を手がけてるだけに美味しい餡でした。

時々寄ろうかと思います。

あ、場所ですが、栄町1丁目。
駅前のお土産屋が集まってるあたりから、少しバス通りを進んだ右手です。(以前、「みどり寿司」があった所)
というより、駅前のケンチキの並びと言った方が分かりやすいか。

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魍魎ノハコ

匣が変換できませんでした…。

録画した第二話観ました。
ちょうど小説の2章終わり辺りまでの展開。
相模湖のバラバラ死体のシーンは省略されて、青木刑事出ません。
もしや登場しないのか?

16号線沿線の風景など田舎の景色がなかなか良いです。
病院の褪せたタイルの緑色も質感出てます。
車や時計の振子などは動きが不自然でしたが、CGではああいうアナログな動きは再現しにくいのでしょうかね。

最後に登場したアノ巨大な箱建物。
原作本のカバー挿絵のイラストと同様な描写で安心(?)。
この辺りは実写映画よりアニメーションの方が自然(違和感無いということ)。

さて、次はどんな御箱サマが登場するかが楽しみ。

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ケンミンショー 黒桃

山形でトランプのハートを赤桃、そしてスペードを黒桃と言っているのはナルホドと思いました。
洋物の花札みたいw。
前回では枝豆を味噌汁の具に入れるなどで紹介されていましたが、なかなか気になる県です。

大阪人のボタン早押しというのはホントだろうか(笑)。
番組ではエレベーターや自販機のボタンを連打する映像が映っていたが、やはり同県内(ここでは府内)でも地域性があるのでは。
侘び茶の千利休が堺の人だったというのが、イメージ合致しません(笑)。
それともやはり、茶せんを光速でシェイクしていたのだろうか。

秋田の「豆富(豆腐ではなく)かすてら」はスタジオ賛否両論でしたが、大豆好きな自分としては興味深々な品。
北前舟で長崎から伝来したカステラを、庶民向けに大豆で似せたものが発祥だとか。
フランス料理のクロケットが日本で庶民向けにコロッケになったような感じでしょうか。
バリエーション豊富ながらもお土産店で見かけないというのは、やはり慣れない人には好みが大きく分かれるという事があるんでしょうかねェ。

最後に出てきたのは名古屋。
愛知県というより完全に名古屋でしたね。
いきなり「ういろう」が出てきて、小田原人の自分としては少々血が熱くなりましたが、駄菓子メーカーが多いというのは初耳でした。
(個人的にはトヨタとパチンコの県というイメージでしたので)
名前は忘れましたが、「うまい棒」を薄焼き玉子で巻いたやつは美味しそうです♪
自宅でもできそうなので今度試してみましょう。
番組では紫のメンタイ味を巻いていましたが、コーンスープ味とかも合うだろうか…。

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早雲寺 11月の公開日

早雲公はじめ北条五代の菩提寺である箱根湯本の早雲寺ですが、11月7日(金)~9日(日)に寺宝と襖絵の特別公開がされます。

普段は拝観できないお寺ですので、ご興味ある方はこの機会に如何。
ただし、雨天の場合には早雲像など拝観できない場合があるかもしれませんので、悪天の場合などは事前確認なさった方が良いかもしれません。


http://www.hakonenavi.jp/hakone_info/event.html

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ついに・・・ガンダムバトンやってしまった

誰かから回ってきたのではなく、勝手に探してやりました。
さすが人気シリーズだけあり、バトンも一つだけではないようです。

とりあえず、最も流布されてそうなのを。


Q1:シリーズ中最も好きな作品は?理由も教えてください。

TV作品では、『機動戦士ガンダム』。
まともに全話観たのはコレだけだし。
未だに好きであるのは、コレがあるからこそ。
絵はアレですが、ホワイトベースのキャラそれぞれの成長が細かく描かれている点や、敵のジオン軍人に人間らしさを感じられた所など、劇場版より魅力ある箇所が多いと思います。

OVA作品では、『0080ポケットの中の戦争』。
やはり、全話観たのコレだけだし(笑)。
あと、1話のハイゴッグが余りにも印象的なので。

劇場公開作品では、『機動戦士ガンダムⅢ めぐりあい宇宙』。
唯一、映画館で観た作品です。
親父に連れてってもらったのですが、ホールの混雑が凄くて、通路の階段にダンボール敷いて観た思い出があります。
入れ替え制でないので、もちろん二度観しました。
あの頃の熱気といえば、もう。
最初のキャメル艦隊全滅のシーンは場内大興奮でしたよ(笑)。
当時から旧ザク好きな私でしたので、ア・バオア・クーの登場シーンもとても嬉しいものでした。

Q2:最も好きなキャラクターは?理由も教えて下さい。

ありきたりですが、ランバ・ラル大尉。
彼もシャアと同じくザビ家により政界から遠ざけられたアウトサイダーな存在なわけですよね。
でも、個人的な恨みを晴らそうとするシャア(ガルマを死に追いやった頃はまだそんな感じでした)に対して、部下を養うために一部隊長としての務めを果たそうとする姿がいいのです。
カリスマなシャアよりも部下の扱い方は上手いでしょう(笑)。

そういう意味で、艦長タイプなキャラも好きでして、ガデム大尉やドレン少尉もお気に入りです。

一般兵でも魅力ある人がいました。
『時間よ止まれ』で出てきた(ワッパで時限爆弾仕掛けた)ジオン兵のリーダー(名前知りません)。
どの回か忘れましたが、ホワイトベースから降りて故郷のセント・アンジェに帰ろうとするペルシア母子に救命カプセルを投下したルッグンの機長とか。
『灼熱のアッザム・リーダー』で最後にアムロに看取られて死んだジオン兵も、最後の言葉が印象的でした。

あ、漫画の『機動戦士ガンダム ジ・オリジン』のマ・クベ中将も。
策略好みなのは変わりませんが、美意識やプライド、責任感を併せ持った魅力的な軍団長に描かれていました。


Q3:最も嫌いなキャラクターは?その理由も教えて下さい。

うーん、誰だろう。
嫌味なキャラも大事なの分かってるだけに思いつきません。
イセリナかな(笑)。
あまりに一途なのも困り者。
お陰で忠実なるダロタ中尉ほかガルマ隊にさらなる損害が…。

あ、いた。
ジャマイカンとシロッコ。

Q4:最も好きなMSは?

旧ザク。そしてゾックです。
ちなみに、MAならビグロ。
艦艇ならムサイ(砲塔二門の軽タイプならなお良し)。

『Zガンダム』のガルバルディβも結構好き。

Q5:一番お気に入りのガンダムミュージックは?

TV版では「今はおやすみ」&「シャアが来る!」(笑)。
劇場版では「風にひとりで」。
ガンダムの空中合体中によく流されたBGMも好きです。

Q6:最も心に残っているガンダムキャラの名言は?

ドレン「指揮官が真っ先にノーマルスーツを着られるかよ。兵士たちを怯えさせてどうする」
…でしょうかね。

Q7:あなたはアムロ派、シャア派?理由も教えて下さい。

どっちもあんま好きじゃないんですが…(笑)。


Q8:ガンダムのキャラに自分を例えると誰?

あの「塩が無い」とか言ってた、ホワイトベースの料理長(爆)。

Q9:恋人にしたいキャラクターは?理由も教えて下さい。

ハモンかマサキ軍曹(笑)。理由は秘密(爆)。

※下記ページ様より拝借しましたです。

【ブログmixiバトン図鑑】
http://yoimono.biz/baton3/index.php
【ブログmixiバトン図鑑コミュ】
http://mixi.jp/view_community.pl?id=1088683

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まうりゃうのはこ

アニメ版、観ました…。

初回ですからね、なんともですが。

ただOP&EDの歌、ただのタイアップ曲みたいですが、こればっかは全然合ってないでしょ?

あとは、なんとか私は受け入れられそうです(笑)。
まあ、出来上がった作品に突っ込むのは最低限にしときましょうか。
楽しめるとこは楽しんでかないと…。

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久々のバトンです

遅くなりましたが、桜風東行さんに頂いたバトン。
頂いたお題は【北条一族】ってことで、やってみたいと思います。
えっと、この場合は戦国時代の後北条もとい小田原北条氏ということで良いのでしょうね??
というか、今考えるとコレ、以前に鬼ヶ島殿から【美少女】バトンで同じのが来たような気もしないでもありません(ま、いっか)。

ルールと各トピックス文は、桜風東行さんのとこからコピペさせて頂きました。m(__)m


【北条一族】バトン
(ルール)
・指定者以外はやらないでください。
・いつか回って来るかバトン
・回してくれた人から貰った【指定】を【 】の中に入れる事。
・指定した人をタイトルにする。


▼最近思う【北条一族】
ここ数年は、小田原北条氏を扱った一般書が連続して出されて嬉しい限りです。
黒田基樹氏の著作が多く、今までの研究が一般向けに改訂編纂されたという所でしょうか。

時代小説作品の発表も複数あります。以前のように大御所作品の改版モノではなく、新人の書き下ろし作品が多いような気がします。
最近は時代小説を読んでないので、比較できませんが、あまり光の当たらなかった関東の戦国時代に光をあててくれるのは喜ばしい事です。


▼こんな【北条一族】は嫌だ
ミラージュ(笑)、というのは冗談で、私個人としては一族の三郎景虎が主人公というのは悪い気はしません。
これをきっかけに小田原観光してくれる人や、北条氏に興味を持ってくれる人が少なからず増えたのでしたら有難い事です。

北条氏は、こんなの嫌だ…という選択幅があるほど、まだメジャーな存在ではないでしょうね(笑)。一族としては。たぶん。

強いて挙げれば、四代・氏政公や五代・氏直公は家を滅ぼした暗愚な当主と云われる事が未だに多い事でしょうか。
他家でもそうでしょうが、やはり死人に口無し的な悔しさは少なからず感じますです。


▼こんな【北条一族】には感動!!
最近の事でいえば、単純ですがズバリ昨年のNHK大河ドラマ『風林火山』!
山中の戦や河越夜戦が映像化され、二代・氏綱公(一番好きな当主です)も登場。
息子・氏康公への五条の置文(遺言)も出してくれたのには、感激の余り震えましたよ(笑)。
いずれも初映像化だったのでは??
それに、小田原城CGも出ましたしね♪


▼この世に【北条一族】が無かったら…
北条時代の小田原がなければ、江戸時代の宿場としてあれだけの規模を持てたか分からないし、今の小田原も無いかもしれません。
それよりも、北条氏の関東領域が無ければ、徳川氏の関東移封もあったか分からない訳で、そうなると江戸に幕府も無かった可能性がありますね…。


▼次に回す人5人【指定】付きで!!
うーん、やってる人はもう回ってそうですし…。
今回は回すの辞めときます~。


時間かかりましたが、考えてるのも楽しいものです。
さて、今度はガンダムのバトンでもやってみましょうかね(苦笑)。

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天狗煎餅&足柄金時山サブレ

南足柄市ネタを続いて。

南足柄市のご当地キャラは金太郎と書きましたが、一部それが薄れる地域があります。
天狗のお寺で有名な大雄山最乗寺とその門前町がある、大雄町地区。
周辺地域では最乗寺というより、天狗さんの“道了尊”や“道了さん”と呼ばれています。
(そもそも大雄山線の創設趣旨が参詣客の利便を図るというものでした)

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ここでは、金太郎より天狗の葉団扇のイラストやオブジェが目立ちます。
写真は大雄橋(夏に行ったとき)。

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そんな大雄山のお土産で一番ポピュラーなのが「天狗煎餅」。
図書館に行くついでに毎度買っております。

祖父が月参りをしていたせいもあって、子供の頃一番食べていたお菓子がコレ。
あと、咳止め飴。
これは、小田原の佐奈田霊社や川崎大師で売ってるのと同じ生姜飴。
小学生の頃、ホワイトデーで初めてあげたお菓子もこの咳止め飴でしたが、あまり喜ばれませんでした。

そんな天狗煎餅ですが、県の名産100選にも選ばれています。

天狗煎餅の販売元は戦前までは小田原にも幾つかあったそうですが、現在は南足柄市の三軒のみ。
テレビなどでは門前町で今でも手焼きしてる「村上商店」がよく映りますが、キオスクやお土産屋なんかで広く販売されてるのは、こちらの「山城屋」のです。
味は味噌味とピーナッツ味の2種で、天狗が煎餅を焼いてるイラストが面白い。

祖父がいつも買ってきてくれたお馴染みな味は、村上商店の煎餅なのですが、お参りに行く時くらいでないとなかなか買えませんです。
山城屋さんのも美味しいですけどね。

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今回は塚原駅近くの神戸屋菓子舗で買いましたが、お店オリジナルの『足柄金時山サブレ』というのもあったので買ってみました。
袋には牛を投げ飛ばしてる金太郎のイラストがありますが、“金時山サブレ”です。
金太郎サブレではなく、なぜか金時山サブレ。
貝殻状のサブレの形が金時山を模してるのかもしれません。

甘すぎず美味しいサブレでした。
一枚84円。
鳩サブレより少し硬め。

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道ばたシリーズ ~マンホール蓋~ 南足柄市

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この頃、南足柄市の図書館に行くことが多いです。
足柄上・下郡内2市8町の住民は、お互いの図書館を利用する事ができるので、地元図書館に無い場合は南足柄市に行っています。
また、群書類従が開架式で気軽に読めるのも嬉しいところです。
(所蔵文献・資料は小田原市の方が多いはずですが、閉架式なのでいちいち面倒)
まあ、取り寄せもできるのですが、色々と立ち読みするのも楽しいですから。


さて、南足柄市のマンホールの蓋ですが、熊(手綱がついてます)に乗った金太郎が描かれています。
県内では一番可愛らしいマンホール蓋かもしれません。

周りの花は、「市の花」のリンドウと、「市の木」サザンカの花です。
金太郎は、“足柄山の金太郎~♪”と歌われますように、南足柄市のご当地キャラ。
実は、山向こうの静岡県駿東郡の小山町や御殿場市も「金太郎のふるさと」だったりするのですが、それはまた別の機会にでも。
とにかく、小田原市内に“おだわら提灯”が多いように、南足柄市内では金太郎をたくさん見かけます。
以前、市役所に行った時は、金太郎の赤い腹掛けまで公式グッズとして売られていたのには驚きました。

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次が市の花リンドウ。
小さい蓋はこちらが多いです。


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もう一つの制水弁の蓋は、工業デザイン的なもので枠に青色が入った二色版。
中心円内の、丸に羽根のようなマークは市の徽章でしょうか?
あまり見かけませんし、市のHPでも紹介されてませんので自信はありません。

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サザンカレー ビーフ&ハヤシ

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先日の御所サマ宅へ行った折、辻堂のジャスコで購入。
ビーフとハヤシをそれぞれ買いましたが、このほど食べ終えました。

販売元は茅ヶ崎市の「有限会社湘南ちがさき屋十大」。
http://www.chigasakiya.co.jp/
『江の島タコせんべい』を出してるところです。


では感想を。(あくまでも個人的なものです)

☆『サザンカレー スパイシービーフ』(180g)
具はビーフ。焼き鳥サイズのものが3つほど。
てっきり海の家で食べるようなクラシックなカレーかと思いきや、たまねぎやウスターソースがベースでフルーティな中辛(標準よりやや辛めかもしれません)。
とろ味はやや濃い目。
中のレトルト袋にも外箱と同じ絵と説明などがプリントされて、なかなか親切です。これはハヤシも同じく。


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☆『サザンカレー ハヤシ』(200g)
カレーと銘打ってますがハヤシです(笑)。
なぜかカレーより20g多め。
具は薄切りビーフと玉ねぎ。
茅ヶ崎ワインを使って煮込んだ芳醇ソースが売り。
(茅ヶ崎ワインというのも初めて知りました)
美味しいハヤシでした。
ソースは明治の銀座ハヤシほど甘くはなく、酸味もやや控えめですが、コクがあります。


名前はサザンカレーですが、特にサザンのメンバーが考案したレシピとかいうわけではなさそうです。
地場産食材としては、ハヤシに「茅ヶ崎ワイン」が使用されています。

ポークカレーは今回買いませんでしたが、ちがさき屋さんのサイトを見ますと、「湘南サウンド」を聞いて育った豚さんを使用しているとのこと(爆)。
こじつけはまあ許すとして、ホントに養豚場で音楽聞かせてるのか(笑)??

ビーフは特にご当地オリジナルなレシピではないようです。
個人的にはハヤシよりビーフカレーの方が好きな味でした。

このカレーシリーズ、パッケージのデザインやえぼし岩のトレードマークがお洒落で好きです。
ただ、海の写真を使っているだけに、冬場はうら寂しい印象では?
売り上げに影響しないか少し心配です。

価格はいずれも350円。
ジャスコでは上乗せして400円でしたので、やや高価に感じましたが350円なら許せます。次はポークだな(笑)。

ちなみに『サザンカレー煎餅』も。
写真を見ると、歌舞伎揚げっぽいので何となく味は予想がつきそう…。

それにしても、地元オリジナルグッズの販売は他市から見ていても嬉しくなります。
個人的には“南湖の左富士”や大岡越前なんかもネタに使えそうな気がしますが、サザンや湘南のイメージで売りたいとちょっと違うか…。

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