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富野御大小田原講演

以下は、思い出しながら携帯で書いたので、まとまりの無い文章で申し訳ありません。
私が脳内補完している部分も幾つかあると思います。
ただ、「こんな内容でした」という点がお伝えできればと思います。

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先日24日の夜、小田原箱根商工会議所の青年部オープン例会で富野由悠季監督が講演し、私も地元の友人と連立って聴いてきました。
http://www.odawara-yeg.com/

富野氏は『機動戦士ガンダム』シリーズ他の監督としてよく知られており、小田原市のご出身(多古だそうです)。
しかしそんな事を知ったのは、私の場合、ネットで色々な情報を見れるようになってからで、具体的な内容を目にしたのは小田原市広報誌2001年4月1日号によるインタビュー記事でした。
それ以前も、レコードの類に付いてるミニコメントなどで目にもしていましたが、なんとなくネガティブ思考な人というイメージがあるくらいだったでしょうか。
今ネットで氏を検索してみますと、やはりなかなかの個性的人物のようです。
氏ご本人を「御大」と呼ぶファンも多く、その語録もはや伝説化している感すら見受けられます。

今回わざわざ出向いて講演してくれる(しかも無料)ということで、地元ミニコミ誌で告知を見た私はすぐ予約をしました。
その時、注意されたのが「撮影や録音の禁止」「サインや質問の不可」「コスプレ禁止」という点。

今回は商業イベントではないし、特にアニメファンが対象というのでもない。また、肖像権がある方だというのも分かります。が、コスプレというのは・・・。ココは小田原ですよ(笑)。
友人曰く「見たことある」とのことですが、ほんとかな。甲冑武者じゃないのか。

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まあ、監督サイドからの毎度基本的なお約束事項なのでしょう。
当日の注意書きにも「コスプレをみたら監督はお帰りになるかもしれません」とありましたが(笑)、あいにくそういう方はおられませんでした。
見たことない私は内心期待していたのですが(笑)。

講演会は「市外からも申込可」との事でしたので、私達は早めに商工会議所へ。
それでも、すでに入場待ちをしている人がいました!
名前と入場券を引き換える時に名簿が何枚か見えましたが、実際に市外から来ている人も少なくない模様。
地元でもミニコミ一紙に小さく広告が出ただけなのに、よく情報を得たものです。
まあ、それだけに参加者全体としては少ない方だったのかもしれませんが。

来場者は私達のような30代~40代男性が多いかと思いきや、女性も結構多く、3割以上はいたのではないでしょうか。このあたりも幅広い人気振りがうかがえました。

19時。
拍手と共に御大が入場。
やや暗いウグイス色のソフトスーツに黒いキャップ姿でご降臨。
地味な姿だが、実はよく見るとスーツ裏地の一部がどピンク(笑)。
私にとっては初めて見る御大である。
見た目は静かな小柄なオジサンという感じ。

挨拶もそこそこに背後に掲げられていた《世界的アニメーターに学ぶものづくりの秘法》という演題を指し
「まず訂正させてもらいますと・・」

現在、大学ばかりか国費で海外まで講演に行かせてもらっているが、これも数年前から日本のアニメというものが売れる、つまり金になるからということでこういう動きになっている、ちょっと考えられなかった事です(ちょっと困惑してる感じ)。と、やんわり知名度におっかぶさって町興しに期待する視線に釘を刺した(ように見受けられた)。

さらに、「私はアニメというのはかなり嫌いです」と(笑)。
初富野な私にはもうどうなることやら、ドキドキワクワク。


御大自身の簡単な歩みとして、ご両親が東京から小田原へ越し、市内多古で育った事。
S高校を出て日大芸術学部で学び、映画制作を志したが入社が果たせず、絵を多少描けたこともあってアニメ会社(虫プロ)へ入社したが、本意ではなかったこと。
当時アニメーションという呼び方は一般的でなく、「テレビ漫画」「漫画映画」と呼ばれ、専ら子供対象の低俗なものだったこと。職業としてもまともなものと思われず、家族にも不安がられたこと。などなど。

当時のアニメ映画といえばディズニーが一般的で、自身も子供の頃の映画教室で『バンビ』を観たのを覚えているが、動きが攻撃的に見え好きになれなかった。そうです。
そんな作例を目にして、「子供相手だからと馬鹿にしたような作品からは良い物は生まれない」という思いに至ったという。

やがて虫プロ出身者らで立ち上げられた「サンライズ」という制作会社でアニメ監督を務める事となり、ロボットアニメを色々手がけることに。
だが、当時のロボットアニメは「悪い宇宙人がいて、どこかの天才博士が島に基地を作って、正義の熱血少年が巨大ロボで戦う」ような勧善懲悪もの。
ただ、スポンサー企業の玩具を売るのが目的の低俗なものだった、という。

そんななかでも、敵のロボにも人間が乗っている事を描いたりなどして、単純でない作品を試行錯誤してきた。
そして、毎回、スポンサーの望むようなロボットの戦闘が行われるような世界をリアルに構築するには、宇宙人とかではなく異なる主義同士の戦争というものが相応しいと思い至った、のだそうです。

戦争となると御大のイメージするのはやはり太平洋戦争で、15歳の少年がパイロットになるという異常な状況には特攻隊の若者のイメージが投影されているとか。
つまり、扱い方もろくに知らずに戦場に送り込まれていく若者の姿。
当初の設定とは別に、主人公のアムロは実際には17歳と考えて描いていたそうです。
(ということは、シャアは20代?)

ロボットもそれまでのような巨大なものではなく、兵器らしい大きさに設定。
だが、それでも地上で戦うというのは無理があるということで、 宇宙。
これはまた手抜き方の一つでもあったそうです。
宇宙だと背景が簡単だから(笑)。

ただ、スポンサーとしては比較物が無いとロボットの巨大さ(つまり玩具購入に結びつくような、強さのイメージ)が分からないとして、クレームがついたという。

ならばと、今度はスペースコロニーという宇宙空間に浮かぶ人工大地を設定したのだとか。
「だから、第一話『ガンダム大地に立つ!』というのはウソなんです(笑)」と仰っていました。

結局、最初のガンダム本放送視聴率は、思うに上がらず打ち切りに。
それが、再評価に結びついたのは実は女子中高生、女性のファンの声によるものが大きいのだそうです。
以後、作品作りには女性に受けるものも、という考えがあると。

ちなみに、小説版『ガンダム』に関しては印税による小遣い稼ぎのつもりだったということです。

それにも、制作会社から「ノベライズするならシナリオライターも併記しろ」と注文が付いたそうです。
実際、朝日ソノラマ版の最終ページにはTV版ガンダムの各ライターが載せられているが、誰も実際には小説版には参加していないそうです。

以後も、ノベライズだけでなく小説作品を書いてきましたが、10年ほど前に自分が書いているものはいわゆる文芸ではない、つまり自身は作家ではないと自覚。
それはとても辛い事だったそうです。(Wikiなどで述べられている欝の時期でしょうか)

そして、冗談ではなく、超えたいのは宮崎駿ではなく、スピルバーグとルーカスなのだそうです。
よくジブリの宮崎監督に対抗心を持っているとか言われるが、それは彼が学習院卒という点だとか。
宮崎氏や高畑氏はすごい、と仰っていました。
「でも、ジブリが成功しているのは鈴木氏という名プロデューサーがいるのが大きいのです」 とも。

「ガンダムだって同じ。自身は文字通り作品の「方向付け」をするディレクターであり、これに、当時は最高のアニメーターだと思った安彦良和や大河原邦男といった才能、スタッフ、それに俳優達がいて、あれだけの評価になった。ガンダムの産みの親とよく言われるが個人ではないのです」

「そういう点で、さきほど「アニメは嫌い」と言ったが、映像表現の一つとして大切にしたいと思っている」

「アニメを目指す人に言いたいのは、メカデザインや動く画の良し悪しではなく、演出論や独創性ということ。そうでないと、どんなにCGが綺麗でも何かの真似になってしまう。常識にとらわれず、自身の審美に照らしていくのが大事なのです」
と、だんだん話は熱を帯び、帽子をとって、会場内を歩きながら語られました。


後半では、郷土小田原への言葉として、

「小田原もまさにそうで、私は離れてしまった人間だし、アニメ監督の仕事しかできないから何も手助けできないが、現在や目先の価値観ではなく、その土地が本来持つ条件を見直すべきではないか」

「小田原というのは周囲を山に囲まれているとはいえ、とくに閉じられた場所ではない。それなのに、環境が良すぎるせいか、なかなか足柄平野の外に関わっていかない気質がある」

「私自身が住んでいたから分かるが、小田原と東京の距離は絶妙なところがあって、それが良くも悪くもある。
常識というのは変わっていくもので、例えば今後30年後には車社会がどうなっているか。今こそ昔の小田原が持っていた箱根の麓で江戸の喉元という地勢を見直すべきではないか。」


そして、
「講演に先立ち小田原の歴史、特に北条早雲と二宮金次郎を勉強してみました」
すごい.
アニメ以外も語る気まんまんだったようです。

「北条早雲という人物、私達が小田原にいた当時は学校でも授業で教えてくれませんでしたが、素浪人あがりというのが一般的でした。 それが、実は足利幕府に務めていた人で、旧来を否定した素浪人どころか、むしろ伝統的なものに深く関わっている人物だったわけです。そして、頭角を出したのは「吉良の次は」と云われた足利一門の今川家という保守的なところ。 そういう人が戦国時代のさきがけになっているというのが興味深いところです。」

「つまり、変革というのは伝統(旧来)の延長線上にあった」

「演出的には戦や忍者という方に偏ってしまうが、この人は戦だけでなく領内で検地を進めて国づくりを進められる人だったということです。もとは伊勢氏なのに北条を称していくところも凄いところだと思います」

「二宮尊徳(金治郎)もまた異能な人で、時間が無いので詳しくは語れませんが、道徳だとか宗教だとかみたいな押し付けがましいものでなく、実に簡便に道理を説いています。 ちょっとこの人についてはもっと認知されても良いのではないかと思いました」

「それなのに小田原では受け入れられなかったのは何故でしょうか。尊徳の教えを伝える団体の本部(報徳社)があるのは何故か知ってますか?静岡県ですよ。 どうして小田原でなかったのか?・・・今の小田原にもそういうところがあるのではないでしょうか」

「私が育ったのは小田原氏扇町、全国どこにでもあるようなツマラナイ名前です、昔は多古といった所です。残念ながら海の方の方とは縁が無くて、泳ぎは酒匂川で覚えました。」

「以前、『ガンダムA』という変な雑誌での対談で聞いたのは、日本海溝の底を上げているのは大量の砂利なのだそうです。そして、その砂利の産地に小田原の酒匂川のものが多くあるのだそうです」

「でも今の酒匂川にはダム(飯泉取水堰)があって、砂利がせき止められてしまっている。結果的に御幸ヶ浜の砂も減ってしまったり」

「あのダムは本来県民のためのものではないんです(と利権を匂わす)」

「私がいた頃はなかったものですが、あれが本当に必要なものなのか考えたことはありますか。常識を疑うというのはそういう事なんです。」

「今、エコというのが世の中のキーワードになっています。ですが、これもかなり危ない。皆が正しいと言っているところに怪しいところがある。」
このあたりから段々と未来論へ。

「でも、これからは本当に大変な世の中になります。 100年後にはもしかしたら日本は無いんじゃないかと本気で思っている。そういう意味で大変です。皆さんは。私はそれまで生きていませんから(笑)」

と、このような内容だったでしょうか。
今になって幾つかの富野本などを見てみますと、以前語った内容を仰っていた部分と、そうでない部分があったように感じました。

私にとっては初富野体験でしたが、はっきり言ってファンになりました(笑)。
確かにネタにされやすいほどの話の飛躍ぶりではあります。
でも、常識をつねに疑いつつ己の審美眼を信じて制作にとりくむ姿勢に感銘を受けました。
脳が常に活発に動いてる人なんじゃないでしょうか。

故郷とはいえ、地方の小さな講演会に合わせて本当に色々な本などを読んできてくれたようで嬉しかったです。個人的には、北条氏や二宮尊徳翁に関しての感想などをもっと聞いてみたかった。


当初、質問はご法度だったのですが、途中、ちょっと話の間が空いてしまって、「ずるい手」と称しつつ、監督の方から質疑応答を投げかけてくれました。
が、上のようなルールでしたので、突然言われて誰も挙手せず・・・。
もったいなかったかな。

もしかして、今回は初めての小田原での講演だったのではないでしょうか。
今までは映画祭でのプロフィール紹介くらいでしか触れられませんでしたが、今回ついにご本人が姿を現してくれたわけで、感動でした。
また、出身高校が同じだったという点も初めて知ることができ、小さな希望が持てました。いろんな意味で(笑)。

主催の商工会議所青年部にも、今回の企画をとてもありがたく感じています。

凱旋地として今の小田原はあまりにも小さなステージですが、次回はもっと開かれたイベントでお越しになってくれたらと、再訪を強く願っております。

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「君は、生き残ることができるか」


明日は地元出身の大物アニメ監督の講演会に行ってきます

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梅雨明け→暑ッ晴れ→ビビン麺&カレー

ようやく梅雨も明けました。
やはり暑い日は辛いもので汗かきながら食べるのが美味。

ということで昼は外で冷麺(ビビン麺)を食べ、夜はサーグカレー(ほうれん草カレー)を作ってみました。

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韓国料理は余り詳しくないのですが、ビビン麺はこれで二回目。
水冷麺よりはこちらの方が断然好みです。
前回は黒い麺(そば粉入り?)でしたが、今日のは白麺。
トッピングのナッツがなかなか楽しい食感でした。
でも麺は黒い方が風味が良かったかな。
冷スープ付で980円でしたが、もっと安ければ時々食べたいかな。


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サーグカレーの具はチキンとジャガイモに。
出来上がりの量はだいたい5~6人前だと思いますが、材料は、ほうれん草二束・チキン(もも)二枚・じゃがいも・トマトピューレだけ。
香辛料さえ前から揃ってさえいれば大変安上がりなカレーであります。
おろしニンニクとショウガも加えたので、ビーフカレーに劣らぬ元気カレーになりました(たぶん・・・)。

ベジタリアンにはチキンの代わりに軽く炒めた木綿豆腐など入れても合うかと。カッテージチーズの代用で思いついただけですが。

香辛料は赤唐辛子(干物とパウダー)・ベイリーフ・クミン(粒とパウダー)・ターメリック(パウダー)・コリアンダー(パウダー)と塩。

手順は至って簡単。
①軽く塩ふったほうれん草を蒸してミキサーでペーストに。
②鍋に油を引いて赤唐辛子(干物)とクミン(粒)とベイリーフを炒め、そして具(今日はチキンとジャガイモ)を炒める。
③軽く表面が色ついてきたら、パウダー系のスパイスを投入(適量というか適当)。
④で、ほうれん草ペーストとトマトピューレを加えて弱火でちょい煮。
⑤あとは好みでスパイスを追加したり、好みの隠し味を入れたりなど。
ウチは父が辛いのダメなんで、この時にバターとクリームを少々加えました。
私はむしろ辛い方が良いのですがね・・・。

香辛料は同じ店でも、カレー用スパイスのコーナーより中華用のコーナーで安く売ってたりします。
厳密に言えば香りなどが違うのでしょうが、スリランカ産のシナモンよりベトナム産の方が安かったりしますので、私はそれで間に合わせちゃってます。

ま、なによりカレーはあとの食器&鍋洗いが簡単で良いです(笑)。

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携帯を変えましたわい!

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特に支障がなかったのでずっと使い続けていたが、先週、電話会社(ソフトバンク)から自分の使っている電話(第二世代携帯というらしい)のサービスが2010年までに終了ということで、今変更すると一応お得らしいとの葉書が届いた。

電話会社の事務所(ショップとなぜか横文字でいうのが公称らしい)に行ったのは何年ぶりだろう?
たぶん、J-PHONEからVodafoneに変わった時に手続きした以来ではなかろうか。機種もそのときのままかも。
V301SHというシャープのなんだけど、検索すると2004年2月発売となっている。
Vodafoneに変更されたのが、その前年10月だから、多分このときも機種や設定の変更をすぐにしなかったのだろう。

もともと携帯の電話とかメールは殆ど最低限しか使わない自分ではある。
(以前も、友人を代表して祝電を送る事になったのはいいが、語句を一晩中考え10数文字でカタカナの原稿を郵便局に持参し、失笑されたことがある。まあ、それくらい電信関係は興味ないし知識もないのである)

それがどうだ。
今回、事務所いやショップに行って、第三世代携帯電話というのを見せてもらうと、よく分からない機能がやたらとついている。

基本料金についてなどは再三聞いて何とかまとまったが、電話機種については結局、デジカメ機能が良さそうなのにしてもらうことにした。
そう、デジカメなら大丈夫だ(笑)。

松下のビエラ携帯というのが最新の高画質ということで、またテレビ(ワンセグというらしい)機能もあるとのことだったが、ウチの地域では余り映りが良くないらしい。
まあ、そんなのはどうでも良かったのだが、なんだか提示された分割販売の値段が高いのでパス。

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で、次に紹介されたのが920SCという機種。
韓国企業のサムスン電子社製で、画質は上のと同等との事。ただし液晶画面のシステムが劣るとか云々であった。
外国企業ということで、使い勝手や修理などのサービス面が気になったものの、結局これにした。
理由はまあ、カメラっぽい見た目と値段である(笑)。
ともかく、今までのおまけデジカメが30万画素だったのに、今回は500万画素というのは大きな変化である。
また、スライド式なのも初めてだ。
色は赤黒で何となくジョニー・ライデンぽい。

半年前の機種というのと今までのポイントが溜まっていたので、ほぼ無料で購入できるとのことであった。

それを持ち帰ったのが二日前。
以来、今に至るまで厚い説明書を読んで、色々と遊べそうな機能を試してみたのであった。
通信にはあまり興味なくとも、デジカメや音楽再生機能は大いに使いそうだ。

とりあえず、音楽はiTunesとかで変換したりして幾つか入れ込んでみた。
まずは「ジェッディ・デデン」と「バードンヴィレ行進曲」を。
移動した音楽データは着信音などには使えないようになっているが、朝の目覚まし音等に良いだろう。
今後は「シャアが来る」や「金太の大冒険」など魅惑的な曲をズンズン移していくつもり。

パケット料金というのがよく分からないのだが、とりあえず使いすぎというのが怖いので、ウェブは今まで通り乗り換え案内とミクシくらいに止めておこう。

デジカメもこれで林家ペー氏の如く持ち歩かないで済むかもシレヌ・・・・。

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お盆です

昨日は日中、近所の発掘現場の見学会に行っておりましたが、なかなか興味深いものでした。
それはまた後ほど。

夕方に祖母宅へ行き、迎え火。
玄関先でおがらを燃やしました。
亡き祖父に比べるとどうしても、手際よくきれいに燃やせませんでした。

土地独特の盆飾りらしい「あーぼーへーぼー」ですが、今年のはホウズキがエラく大きい・・・。
初め飾ったとき重みで落ちてしまい、線香立てが倒れて大変なことに(苦笑)。

夕飯は蕎麦屋「翁貴庵」へ。(小田原市栄町2丁目12-46)
小さな店ですが、結構評判良いお店なんですよ。
祖母宅から一番近いお店でもあるので、昔から蕎麦はここで食べるのが一番多いです。

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いつもは、ざるか天ざるですが、今回初めて「早雲」というのを食べました。
これは、大根おろしとトロロが混ぜてのっかったもりそばでした。
イモの甘みとおろしのさっぱり感が美味しかったです。

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北條氏政・氏照墓前祭

暑い日でしたね~。

今日は休みにしてあったのですが、予定が無くなってしまいましたので、お盆前のお手伝いに行って参りました。
(ウチは母方の祖母宅が7月盆)

お盆飾りはすでに伯母が用意してあったので、私は墓地の掃除へ。
調子に乗ってウチのだけでなく一族の他墓も草むしりしてしまったので、汗ダラダラ。
ウチの墓はまめに誰かしらが掃除していますが、後者のお墓は遠方の縁戚なのでやりがいがありました(苦笑)。
雑草ってすぐに伸びてきますねー。

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その後、小田原駅前の北条氏政・氏照両公のお墓へ。
今日は命日(新暦あわせですけどね)ということで、毎年、周りの商店街の方々や遺跡顕彰会の方によって墓前供養祭が行われています。

法要は午後3時半からで、参列者の大半は商店街や常連の年配者の方々でした。
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前は時々、『炎の蜃気楼』ファンの女性参列者もお見かけしましたけどね。今日は居なかったようです。
(私がその作品を知るきっかけとなったのもココでした)

まあ、以前より開始時間が遅くなったし、平日だし、殆ど告知めいたものもしてないから、地元じゃないとなかなか来られんでしょうね。

私も行ける時はなるべく参加するようにしてますが、年によりけり。
晴れてても大風が吹いたり、法要直前までどえらい天気雨が降ったり、変な天気になることがたまにあります。

今年は静かな陽光の下、無事終了しました。

03_2焼香した参列者には全員に「幸せの鈴」。
志納された人にはお返し(お菓子)が手渡されました。

私もささやかながら・・。

お菓子は以前よりグレードアップしてました(笑)。
いや、お返しの中身のことなんて言うべきじゃないけど、肩肘張った法要でもありませんしお許しあれ。

その後、以前駅前にあった書店の社長さんがやられてるギャラリーで少しお話して帰りました。


あ、「幸せの鈴」ですが、これは10年位前からでしょうかね。
ここにお参りに来ると恋が実ったとか、よく分からんのですがいつからかそんな由来を掲げて、自由にお持ち帰りできる鈴が置かれだしたんです。
願いが叶ったら、墓前の柵に返しに来るというのがルールのようです。
結構ぶらさがってますから、律儀にも返しに来る人は少なくない模様。
(今じゃ赤錆びちゃって、少々汚らしくもありますが)

で、無料だったから良かったのか、誰かが口伝したのか、若い女性が寄っていく光景が確かに増えたような気がします。
大方は高校生とか短大生でしょうか。
ついでに、どんな人のお墓かとかも興味持ってもらえれば嬉しい。

以前一度、墓碑に目もくれず鈴だけ持って帰ろうとした女子高生三人組を目にしてしまいましたが、さすがにそれはイカンだろうと。
なるべく穏やかに(笑)、「せっかく来たんだから手を合わせて行きなさいな。その方がご利益あるんじゃないの」と。
オジサンぽいかなーと一瞬迷ったんですけど(笑)。
そしたら、素直に合掌一礼なされて行きましたので、良かった。
その後、史跡オヤジの本分出して、少しだけ(たぶん)氏政・氏照のお話なんかしてしまいましたが・・・(汗)。

もう何年も前の事ですけどねー。
彼女たちの鈴が返されてるといいな。

この墓前祭が終わると、「小田原もお盆だな」という気がします。

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特別警戒&封印

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洞爺湖サミット期間のテロ対策として、先週あたりから小田原駅でも警官や消防職員、民間警備員の姿がよく見られる。
珍しい光景なのでつい撮ってしまった。

なんでこんな地方の駅をと思ったが、県警サイトによると県内の主要ターミナル駅全てで警戒しているとのこと。
新幹線の改札口には以前から警官がお立ち台に立っていたが、東海道線改札や駅構内をウロウロしているのは初めて見る景色だ。
私服もいるのだけど、様子からバレバレであった。

県警は5月の横浜で行われたアフリカ開発会議に引き続いての警戒なので、今年はなかなかご活躍。
が、こんな地方では余り緊張感も感じられず、朝の通勤・通学時間にはまだ警ら姿が見えなかった。
普通に9時出勤だったのかも(笑)。
(まあ、見かけなかっただけかもしれないのだけど)

駅構内はホームや便所のトイレ全ての口に封印が。
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これも今日までか。

封印は困るが、普段から二人くらいの警邏は居てもらっても良いような気がする。
関所番か二宮金治郎の格好でもしていてくれればなお良いのだが。

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スカート付

先月末から今月にかけて、本をチョコチョコ買ってます。
まあ、各社のブックフェアに上手く乗せられてるというのもあります(笑)。
特に、角川文庫から再販された、横溝正史の『髑髏検校』は惹かれました。
カバー絵はたしか京極夏彦氏のデザイン。
不気味な月影は個人的にも好み。
http://www.kadokawa.co.jp/bunko/bk_detail.php?pcd=200802000543


先月は久々にマンガを買いました。
こっちも角川なんですが、『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』の17巻。
月刊誌の連載なんで、ホント忘れた頃に発刊される感じです。
まあ、基本的に1stガンダムなのでストーリーが待ち遠しいというわけではないのですけどね。

今回から「ララァ編」です。
映画でいうと、「めぐりあい宇宙」冒頭のキャメル艦隊全滅から、コンスコン隊撃破までの内容。
もちろん、酸素欠乏症の親父(&自称強化パーツ)も出てきます。

本作ではリックドムも大活躍(やられ役)。

私の好きなガンダムキャラでは10指に入るドレン大尉もキャメル(ムサイ級)と共に宇宙の塵に・・・。合掌。

Photo


で、『日本妖怪大百科』は本号(10巻)で完結。
最後は都市伝説や現代妖怪がテーマでしたが、口裂け女や人面犬、赤マントなどは現代というより20世紀末な妖怪というのが正しいかも。

口裂け女が今では韓国にまで上陸しているというのはオドロキでした。

できれば、携帯電話やパソコンを通じて広まる現代ホラーや都市伝説をもう少し取り上げて欲しかった気がしますが、ライトな雑誌としては面白かったと思います。

『リング』の貞子も気がつけば20世紀最後の妖怪ですね。
(元ネタはもっと昔というのは置いといて)
あ、妖怪じゃなくて幽霊?ビデオ怨念?
いずれにせよ、もうビデオテープに怨念残しても誰も見てくれないかも。
まあ、DVDもダビング10が出たので、またシステム変えて登場するのかもしれませんな。

海賊版DVDやネットを通じて貞子の怨念が中国で大増幅、なんてグローバルな展開したら面白そうなのだけど。
最終的には道士と対決みたいな。
(うーん、貞子あっけなく負けそう 笑)

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本年も後半に突入で

しばらく書かないと、簡単に習慣から遠ざかってしまうネット日記。

01
先月晦日には水無月の大祓に行って参りました。
またまた小田原城址ですが、その中、旧小峯(こみね)曲輪にある報徳二宮神社(祭神は二宮尊徳翁)です。

ちょうどお昼休みを過ぎた頃に人形(ひとがた)を納めに行ったのですが、境内では若い神職が夕方の儀式のリハをしているところでした。
やっぱり、大勢の前でドジっちゃまずいですもんね。
それにしても、神事のリハなんて初めて見ました。


城址公園は花菖蒲祭りが終わって、いつもの静けさ。
お堀端の桜並木もよく茂って、散歩にはもってこいの日陰です。
連れ立ってる高校生がいますが、この辺の学生のデート地は昔から、城址公園か浜辺というのがベタなところです。
どっちも静かですからね(笑)、一応、観光地なのだけれど。

でも、お堀端の歩道は以前みたいに砂利敷きの方が良かったな。
舗装路よりも優しい感じでした。


03
和菓子は神棚にお供えした水饅頭。
地元の和菓子屋「伊勢屋」さんので、梅あん・こしあん・梅甘露入りの三種。
夕飯後のおやつにしました。

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