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2008年5月

五月甲子

今日はデジカメ忘れたので写真は無しです。

午前は市内城山にある蓮船寺さんにお参りして来ました。
今日は甲子(きのえね)。
大黒さんの日ですからね。

小田原城大外郭の脇にある面白いお寺ですが、ここの大黒さんも本尊の古い大黒天像と、三面大黒天像(弁財天と毘沙門天の顔と手がついてる三面六臂の大黒天)とがあります。

おばあさん(先代住職夫人)の昔語りを暫く聞いて、ちょっと史跡見物。
といっても小田原城大外郭遺構に変わりは無いのですが。

先日、新たに大外郭の一部(緑4丁目、たぶん稲荷森とかの堀などでは)が国史跡指定されたので、現状はどうかと寄り道してみました。

結果的には、まだ特に見学に供されてはいないというか、前のまんまです。単に土地が国史跡に指定されたということでしょうか。

で、帰ろうかと思ったら、向かいからボロい原付が。
なんと気象予報士のMさん。
7年ぶりかな、再会したのは。
仕事が変わって暫く会ってませんでした。

近くで家庭菜園をしているとの事で、小一時間ほど畑で喋ってました。
気象学会でも、近頃の温暖化ヒステリーには疑問を抱く方が少なくないそうで、Mさんもその説を支持しておられるとのこと。

別れ際に一言
「トマト盗むなよ」

たしかに、桃太郎は美味しいですからね・・・。
って、違う!
野菜ドロボーなんてするかい(笑)。

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ラーメン 庄太郎

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その後、ラーメン屋の庄太郎というお店で「岩のりラーメン」を。
700円也。
実は先日、典厩さんの日記で触れられていたので食指が湧いていたのでした。

日曜なら300円で醤油ラーメンが食べれて、ほかのラーメンも100円引きだとありました。

おつまみ系も多く飲み屋みたいなので、一夜城ハイクの後にも良いかもしれない。

さっぱりしたスープと細めん(固めを頼みました)で、美味しかったです。岩のりも良い香り。
飲んだ後のラーメンにも合うかと思います。

帰り際、入口扉の張り紙を見たら、小田原駅前に2号店が開店してたらしい(笑)。

食後はまた軽く寺めぐりして終了。

今日は、焼けた。
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海蔵寺

大観音さんともう一つ、この日の目的だったのが、早川の海蔵寺に来ることでした。
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ここは、後北条氏以前に西相模に勢力を広げた大森氏出身の安叟宗楞(あんそうそうりょう)による開山。
曹洞宗の小田原三山の一つとして、戦国時代には特に格式を誇った寺院です。
今は普通の田舎寺という感じですがね。

それだけに山主も広い交際関係があったようで、『小田原記』では弘治元年(1555)に結城政勝が伊勢参宮の途路に立ち寄り、住職の取次で北条氏康に会見したと書かれています。

また、豊臣秀吉の小田原攻め(天正18年・1590)に際しては、早くもその前年12月に豊臣方禁制を得ています。
秀吉の北条氏への宣戦布告が11月24日ですから、かなり早くから情報を得たり手を回していたようです。
(石垣山一夜城の立地を秀吉に進言したのは、実は松田憲秀ではなく海蔵寺だったりして・・・、寺の裏山だし・・・)

現在、このお寺がウォーキングや史跡めぐりなどで認知されているのは、境内のビランジュと当地で陣没した豊臣方武将、堀秀政の墓です。

堀秀政に関してはウィキなどで上手く述べられていますので、省略。
一応、海蔵寺が秀政などの陣場になっていたと考えられているようです。


そして、ここに出羽角館城主の戸沢盛安も葬られたともいいます。
今のところ、自分が確認したのは、新人物往来社の『戦国人名辞典』だけですが、何れかの家譜などに載っているのかも知れません。

戸沢盛安といえば、鬼九郎や夜叉九郎などと異名を取った武勇の士ですが、まあ、これもウィキなどで検索してみてください(面倒くさがり)。
某戦国ゲームでもなかなか強いキャラのようです(笑)。

この方も小田原包囲中に陣没されているのですが、まだ20代ですよ。
秀政より若い。
個人的想像ですが、箱根山中城攻めでは中村一氏の部隊に加わっていたようなので、もしかしたら銃傷を負って長陣中に発症したんじゃないかなと。あそこは鉄砲による被害者が多かったみたいですから。

小田原城包囲は4月から7月。
およそ一と月ずれる今の暦なら夏真っ盛りの時分です。

もし戦病死だったとしたら、弱っていく己の身体にどれほど悔しかったことでしょう。
盛安は日本海経由で京に参陣し、ようやく三河吉田城で秀吉に謁見したそうですが、これは、南部信直を出し抜いて参着した津軽為信より早い。
確かに若気もあるでしょうが、個の功名ではなく、秀吉政権による領土の公認の願いや、領主のプライドも背負って参陣していたはずです。

まあ、そんな勝手な想像をしてまして(笑)。
ともかく、ご住職にお話でも聞けたらと思って行ったわけです。
・・・そうしたら、またしても不在でした(苦笑)。

まあ、電話でも良いのですけどね。
自分、ツールとしては余り好きではないのです。
用件だけでやりとり終わっちゃうので。

とりあえず、門前でお会いした史跡オジサンと一緒に少し探してみましたが、戸沢氏の追善碑みたいなものは見つかりませんでした。

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堀秀政とその家臣の墓とされる宝篋印塔も、基壇の法名などが摩滅してイマイチどっちが秀政なのかハッキリしない。
以前、文化財保護委員の方に教えてもらった気がするのだけど、忘れてしまいました。

形式的には江戸期だよね。
追善のものだと思う。
一番手前の宝篋印塔の基壇部なんかは、江戸以前そうな感じですけどね。

他にも草に埋もれた墓石などがありますが、ほとんどは古くてもせいぜい元禄。
五輪塔や宝篋印塔はパーツなら中世までいくのがあちこちにあって、きっと大森~後北条時代の墓石なのでしょうが、すでに墓の用を為していない状況です。

ともかく、遺跡が無いにせよ埋葬地ということであるなら、戸沢盛安のことも現地の解説板に一筆触れておいてもらいたいな・・・。


関係ないけど、参道の柑橘系(たぶん)の花が良い匂い。
ミツバチ達が足にいっぱい花粉着けて飛び回ってました。
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魚籃大観音

01_6これが、前の写真にあった大観音サン。

前から気になってたんですね。
で、行ってみました。

建っているのは、東善寺というお寺(真言宗?)。
足元にある“建立の由来”によれば、海上安全・大漁満足および魚介類への報恩感謝のために建てられたとありました。
また、先の大戦の戦没者や犠牲者の供養も祈念されているのとこと。

身長、いや像高は13メートル。
鉄筋コンクリートで昭和57年に完成したようです。

ところで魚籃観音というのは、ウィキなどで見ると、「三十三観音の一つ」であり、伝説では唐時代の魚商の美女だったとのこと。
だから魚の入った籠(魚籃)を提げているのですな。

02_5よく見ると、籠からは尻尾だけでなく背びれものぞいています。
籠の中身は鯛(たい)でしょうかね。
誰も見ること叶いませんが、籠の中の部分まで作りこまれてたりして。

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観音様は石垣山に連なる尾根の斜面から、海や漁港の方を向いておられます。
日の出の頃は、太陽に向いておられるのかもしれません。
ちなみに小田原城天守もここから見えました。

そのほか、墓所には「駆逐艦・五月雨」乗組員の戦没者慰霊碑などがありました。

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早川

海の方といっても、たったひと駅でございます。

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はやかわ。
先月の深夜、寝過ごして降りた駅。
駅のホームといい、駅舎といい、地下式連絡路といい、昭和です。
変化と言えばたぶん、改札がSUICA対応になっただけ。
田舎なんてこれで充分だよ。

で、ここまで来てなんだけど、目的は海ではなかったのでした。
恒例の(?)寺めぐりであります。

駅舎の右後ろに観音像が見えますでしょうか。
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歯医者に行ってきた

いやー、あんまり痛いんで行ってきました。

01_3どうやら先日の山中城址でお参りした虫歯地蔵さんの最終勧告だったらしい(笑)。

高校の頃に詰物した奥歯。
レントゲン撮ったら、見事に神経までいっちゃってました。
上モノ残して、地下は坑道・・・。

まさにジャブローな状態でした(笑)。

とりあえず今日は神経を抜き、後日3回ほどかけて内部を消毒し、被せ物をするそうです。

実は石和の前の頃から疼いてはいたんだけどね。
早く行きゃーよかった。

処置前に麻酔を打ったので、歯医者を後にしてもなんかアゴがふがふが。
Mr.Beanの歯医者コントを思い出してしまった。


今日の治療は10時過ぎに終了。
天気も陽気なので、ちょいと海に近い方へ寄ってくことにしました。

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写真は駅前の「お城通り」。
お城通りと言うより、旧丸井電気館や旧八省堂書店前の通りと言った方が良いか。
路肩に縁石が出来て、歩道が広げられていました。
さすがに交番のまん前で路駐が多かったのはマズかったのか、それとも小田原城観光客の利便のためか。
でも、実はこの道行くより、右側の駐車場内を横断した方が楽なんですよね(笑)。
この辺りも駅前再開発で変わるのかどうか・・。

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昨年に倒産した小田原地下街は今もこんな状態。
一応、市のお金で維持してるけど、毎日、掃除会社の人かまれな通行人くらいしか見かけません。
高校時代は、ここの新星堂でレコード買ったり(藤山一郎のカセットかイ・ムジチのレコードを買うか迷ったこともある)、部活の帰りに冷房で涼んだりと色々な思い出がありますが、ホント寂しい限り(涙)。

再利用案については、市役所の出張所だとか、土産屋だとか出てるけど、新市長にとっては今後の重要課題の一つでしょう。

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山中城まつり

今日は三島市の「山中城まつり」を観てきました。
お祭りというより、その中で行われる「山中城悲話」寸劇の観劇。

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昔、行ったことはありましたが、桜町中将さんや征夷大将軍太郎さん達が参加するようになってからはまだ一度も見に行っておらず、内心申し訳なく思っておったのであります。

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小田原の人間としてもね、何となくここは前哨戦の捨て駒にしてしまったような後ろめたさを感じる場所なんです。

ともかく、やっと見に行けて良かったよ・・・。
一人の観光客として、寸劇も存分に楽しんでまいりました。

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さっき、カルビタンとご飯と焼肉食ってきて、お腹が疲れたのでもう寝ます。
(先日のオロチョン味噌10倍では何となく物足りなかったのだ!)

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オロチョン10倍味噌チャーシュー

小田原市国府津の親木橋近くに「味彩」というラーメン屋があります。
辛味が好みで調節できるオロチョンラーメンのお店。
麺は自家製ではないようですが、スープは美味しいのですよ。
ニンニクたっぷりなので、それダメな人は向きませんけど。

それと、ちょっと高め(3枚で260円もするのです)ですが、やわらかくてジューシーなチャーシューもオススメです。
野菜炒めや鳥の唐揚げもスパイシーです。

高校生の時から行ってるから、もしかしたら一番長く行ってる所かも。
どっかのラーメンブログで新しいお店と紹介されてましたが、違うんですよ。新築したの。
前は、その2件となりの、今も小さいラーメン屋が入ってる所でやってたのであります。
こっちは客入ってるのか分かりません。

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17日、食ってきました。
写真のとおり、辛味なしから、2・5・10・20・30・60・100倍とあります。
私はいつもは20倍、たまに30倍。
60倍と100倍は未体験です。
たまに食べてる高校生とか見ますけどね、やっぱり美味しそうに見えないのでどうも食べる気がしません。
それに、昔の店舗の頃は60・100倍食べると、壁の張り紙に名前が載ったんですが、今じゃ単に「勇者」と呼ばれるだけ(笑)。
私も若い頃ならともかく、今は普通に旨いもの食いたい。

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で、この日は弱気の10倍(笑)。
そうしたら、やっぱり物足らなかった・・・。
ニンニク多めな味噌スープは楽しめましたが。パンチが・・・・
次回は20と30の中間ぐらいはできるか、聞いてみよう。


さて、実はこの日は津久井城山頂部の調査現場見学会があって、当初はこちらに行く気マンマンでした。
それが、朝7時半頃に相模線の茅ヶ崎駅に着いたとき、高校時代の友人に出会ってしまって。8年ぶりくらいでしたので、そのままお茶してしまいました。

実は津久井に何人かお誘いしたのですが、前日に連絡したので誰一人ご同道叶わず、このときとなってはそれが幸いしたというか(苦笑)。

で、昼頃に分かれたので、午後の部に行こうと思えば行けたのですが、なんとなく面倒くさくなってしまったので、そのまま帰宅し、ラーメン食いにいったのでありました。

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鎌倉王選手権

続けてのテレビネタになってしまうけど、今ちょうどテレ東の『TVチャンピオン』を観ています。

今夜のお題は「鎌倉王」。

たぶん今回で3回目くらいかな。
前回の放送でも見たような方々が出ています。
お一人は、箱根王選手権の方かも。

私も歴史ネタだけならなんとかいけそうですが、グルメ・おみやげ系は
ダメですね・・。
それは「箱根王」のときもそうでした。

やっぱ地元住民か通勤者でないと。

でも住民って意外と地元で買い物しないしね。
好きで頻繁に通ってる人が一番なんでしょうね。

ちなみに昨年始まった「鎌倉検定」はガイドブックがなかなか勉強になる内容。
写真ばっかの観光ガイドなんかより余程情報が詰まった一冊です。

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『死者の書』、今夜TV放送!

ミクシでも書きましたが、以前、鎌倉で鑑賞した人形アニメーション映画『死者の書』が今夜TV放送(NHK BSハイビジョンにて23:40から)されます。
世界の人形アニメーションを紹介する特集の第3弾です。

http://www.nhk.or.jp/frontier/schedule/20080515.html

川本人形劇ファンの方、また、宮沢りえ(主人公・藤原南家の郎女(いらつめ)の声)ファン、もしくは黒柳徹子(語り部の媼の声)ファンはどうぞ!

再放送は5月26日の14:00から。

また、6月15日に放送されるドキュメンタリードラマ、『人類滅亡を回避せよ ~2075年 地球温暖化のシナリオ~ 』(フランスCAPA制作)も興味深そうです。

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川中島合戦戦国絵巻への道(平成20年度)~⑪石和の歴史散歩Ⅳ~

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鵜飼山遠妙寺では大黒さんを発見。

正月に七福神詣でにハマり、子年ということで初甲子詣でをした私としましては、大黒さんを見るととてもラッキーなように感じてしまうのであります★

それにしても日蓮宗は大黒さんが多いですな。
この大黒さんは、石和温泉七福神の一つでありますが、鵜飼川(笛吹川)から出現した大黒像のご分身なのだそうです。
「福寿開運大黒天」とありました。

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お寺の由来も、謡曲「鵜飼」ゆかりのお寺としてなかなか興味深いものでありました。
http://www.y-shinpou.co.jp/108/039ukai.htm
(甲斐百八霊場―遠妙寺のページ)
楼門(仁王門)もまた立派です。

私が一番興味深かったのは、同じく境内にある「願生稲荷大明神」。
もとは甲府の武田館(の稲荷曲輪)で祀られていた由緒あるお稲荷さんです。
板書きされた由緒によれば、武田氏滅亡後は忘れられつつあった稲荷社だったが、石和居住の老女に降りて遠妙寺に勧請するようにと語ったのだという。
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現在はコンクリート製の味気無い覆屋に収めてありますが、一軒社流造の唐破風向拝付で桧皮葺という、立派な本殿のようです。

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川中島合戦戦国絵巻への道(平成20年度)~⑩石和の歴史散歩Ⅲ~

少々回り道になってしまいましたが、笛吹川河川敷へ一度出て、国道411号線へ。

411号線は川沿いを西へと少し進み、国道20号線に合流する手前で右折。
この辺りがかつての石和宿入口のようです。

Photo


通りには古い建物はそれほど残っていませんが、道沿いに寺社や本陣跡などが並んでおり、宿場があったことは分かります。

ここでは、最初に鵜飼山遠妙寺(日蓮宗)と願生稲荷、次に石和本陣跡、そして石和八幡宮とその裏にある調御山仏陀寺(臨済宗)を見てきました。

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川中島合戦戦国絵巻への道(平成20年度)~⑨石和の歴史散歩Ⅱ~

次は石和宿へ・・・。

と思ったら、ここでガイドブックを宿に忘れてきてしまったことに気がつく。

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地理感も無いので暫し、テキトーに歩く。
温泉旅館やホテルが立ち並ぶ通りを少し外れると、この辺りもけっこうのどかな畑地が点在している。

犬の散歩や、早くも庭木を刈っているお爺さんなどに出会い、オハヨウを交わす。平和な日曜の朝。

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少ししたら、こんなのがありました。
ハリボテらしい武者と姫。
よく見ると武者の片手が落ちている。

のぼり旗には「いさわ源泉足湯ひろば」とあって、道ばたの地図を見るとどうやら石和宿とは逆の方角に来ちゃったみたいだった。

この人形、このときは信玄と三条夫人かと思いましたが、帰宅してから調べてみると、山本勘介と由布姫でした。
両目アリの勘介です。

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川中島合戦戦国絵巻への道(平成20年度)~⑧石和の歴史散歩~

で、5時に起床。
余り寝てませんが、朝風呂と石和の史跡めぐりをしたかったので。
まだ足元が軽くフラついてましたが。

熱い湯を頭からかぶり、露天風呂で足湯しながらラジオ体操したら、かなりシャッキリしました。

6時少し前に史跡めぐりに出発。
道の途中で石野真琴さんに出会う。
さすが、お早いです(笑)。

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最初に見たのは、県史跡の八田家御朱印屋敷。
(詳細は面倒なのでこちらをご覧あれ>http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E7%94%B0%E5%AE%B6%E6%9B%B8%E9%99%A2)

初めて石和のお祭りに参加した時も行きましたが、改めてじっくりみたかったのです。
もちろん中の書院はまだ開いてませんでしたので、これはまた次回。


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周囲には屋敷の土塁と堀が部分的に残っています。
伊豆韮山の江川邸もそうですが、屋敷地と建物がセットで保存されているのはやはり見応えがあると思います。


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ちなみに表門は、石和陣屋から移築されたものだそう。
しっかりセコムシールが付いておりました。

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川中島合戦戦国絵巻への道(平成20年度)~⑦石和のお宿~

そういえば、すっかり忘れてました。この続き(汗)

えっといつ行ったんだっけかな・・・。
先月の12~13日だったっけ。

で、前回は12日の甲府城跡のトコまででした。
この日の史跡めぐりはこれで終了。
甲府駅から、ちょっと前の横須賀線みたいな青白の電車で石和温泉駅へ。
駅前は、整備したのか小ぎれいになってました。

そこから宿泊の宿へ。
昨年の記憶を頼りに進む。
ちょい不安だったけど発見。

あがってみれば、皆様もう一風呂浴びて食事直前。
夕食ギリギリで来た我々、もしお待たせしてしまってたらスイマセン!

それにしても大所帯な夕食と飲み会でした。
自分はこれで石和のお祭りに4回か5回目くらいだと思いますが、お宿をご一緒するのは初めてでした。
なかなか都合が直前まで分からないことが多く、当日の朝参加か、後から別の宿を予約したりしていましたので。

ですから、いつも猛馬飼育係さんからのお電話で“宴の音”を聞くのみ。
その時も賑やかさが十分伝わってきてましたが、実際参加できて、食事、二次会ともに大変楽しませてもらいました。

何を話したのかは余り覚えていないのですが・・・(笑)。

アルコールを大勢で飲むのも久しぶりでしたので、いつもと違い飲みのペースが速かったかも。
どなたかが持参して下さった焼酎が大変美味しゅうございました。

二次会が終わったあとも少々飲みたい気がしたので、コンビニでカップラとビールを購入。
でも自分は部屋が違っていましたので、食事して別棟の部屋に戻って暫し一人、読書しながらちびちびやっておりました。

寝たのは2時半か3時頃だったかな。

隣の布団の将軍サマはすでに夢の中で合戦中だったらしく、何か色々と掛け声をかけておられました(笑)。

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道ばた これくしょん マンホール蓋②山梨編

自分のネタ無しぶりが分かってしまうこの企画。

今日はいきなり飛んで山梨県。

こないだ行った時に撮った甲府市と笛吹市(石和地区)です。

最初のはオーソドクスな甲府市章
明治39年の制定だそうな。
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同市のHPによれば、
(引用はじめ)
「 割菱は武田氏の家紋をとり、亀甲は「甲」の字の象形文字と市の長寿を意味します。
 また、亀甲の頭尾四肢を内側に伸ばして連接すると、「本」の字となり「府は本なり」と言われることから、甲府の「府」を意味します。
 割菱の色は甲府の特産であるぶどうの色、そして白地は平和を表現しています」
(引用おわり)
とのことです。

真ん中の丸っぽいのが、府の意だとは思いもしませなんだ。

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次の写真も甲府市。
「市の花」のナデシコのようですね。

これも同HPから引用すると
(引用はじめ)
「 なでしこは世界に広く分布し、とても育てやすい花です。甲府の暑さや寒さにも耐えて咲くたくましさ、美しさは甲府を象徴するのにふさわしいと選ばれました。」
(引用おわり)
とのこと。

忍耐美の花なのですね。

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最後は、笛吹市(石和地区)。
2004年に合併してできた自治体で、この蓋は旧石和町のものだと思います。
石和温泉と笛吹川。
釣り人が露天風呂を覗いている絵です。

なわけない。

で、果物はブドウと・・・、柿のようですね。
てっきり果物ならモモかなと思ったのですが。
向こう岸に見える松の木は、「町の木」であるクロマツでしょう。

合併していくと、こうした「シンボル」や、ご当地マンホール蓋も段々と共通化されてくるのでしょうね・・。

ちょっと寂しい気もします。

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道ばた これくしょん マンホール蓋(防火ほか)

こちらはやは地味目なもの。
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三枚目は、たぶん浄化槽の蓋。
デザインはたぶん「市の魚」のメダカ。
(アジも市の魚なのですけどね)
しかし、メダカも浄化槽には住みたくないだろうな・・・・。

ちなみにウチの玄関脇にあるものです。
もう錆びちゃってます。

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このコンビは

たぶん、一話で殉職したあの、ジーパンみたいな名前の上司と部下ですよね?
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レゴ・ガンダム

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先日の五代祭りの帰り、こんなの見かけました。

レゴ(?)ブロックのガンダムてのもあるんですね。

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パッと見、量産型ザクが一番強そうでした。

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ていうか、シャアのザク、赤のブツブツが焼けた金目鯛みたいでイヤな質感なんですが・・・。

このタイプで、ゾックは出ないかな・・・。

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道ばた これくしょん マンホール蓋①

唐突ですが、たまにアップしてみます。

多くの自治体マンホールは、地域の歴史や自然景観などをデザインしていて面白いのです。
また、市章や町章のシンボルマークを知るきっかけにもなります。

私は単に金のかからないスタンプ集めみたいな感覚ですが・・・。

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最初はわが町、小田原市。

イラストになっているのは、酒匂川の渡しの光景です。
背景に箱根の山々と富士山。
川向こうに、小田原城天守と鐘楼(もしくは隅櫓か)と大きな松の木。
渡しは人足6~8人ほどで、大型の輦台(れんだい)を担いでいます。
乗っているのは武家の婦人でしょうか。
歌川広重「東海道五十三次」の小田原をモデルにしていると思われます。

次のはオーソドックスな市章のもの。
相模灘の波頭によって、「市の花」であるウメが描かれています。
ちなみに、五弁の花びらは、市制施行(昭和15年当時)により合併した五つの自治体(小田原町・足柄町・大窪村・早川村・酒匂村の一部)を表すそうです。

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三枚目は、その複合型というべきでしょうか(笑)。
なぜこんな複雑なことをするのかよく分かりません。

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端午の菓子

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ズレちまいましたが、今年の端午はこんな感じの和菓子を食べました。

(ちなみに去年は粽)

いずれも近所のデパートに入ってる「源 吉兆庵」のお菓子。
鎌倉にお店があるのでそっちが本店かと思いきや、岡山の会社なのですね。

さすが全国展開してるだけあり、パッケージやお菓子のデザインも魅力的。
ただし、やや高め。

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菖蒲の包み紙なのが、“菖蒲餅”。
中身は黄色~朱のグラデ鮮やかなようかん。
その中に柚子風味の白餡(求肥)が入ってます。

プリンみたいなのが“綾苺”。
葛ゼリーに酸味ある苺餡が入っています。
季節限定でしたが、夏でも冷やして食べたいかも。

あとは柏餅。
さすがに、こちらは地元の和菓子屋さんで買う作りたての方が美味しかったです。特に餅と餡子。
遠くの工場から送られるタイプだとやはり、上新粉っぽいのに求肥になってしまう。


抹茶でも点てようかとも思いましたが、面倒なのでコーヒーで喰らいました(笑)。

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北條五代祭り(6)

行列が過ぎると、沿道からはサーッと人が去っていきます。
この辺の見物客は地元率高めですからね。
「はい、行っちゃったよ~」って感じ(笑)。

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私以外のお二人は、再びア号燃料を補給。
ぶらっと歩いて、小田原文学館の庭でしばし休憩。
藤が綺麗でした。

その後、小田原城址公園へ。
さすがに観光地(というか、今日はここの祭りだし)、まだ賑わっていました。

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復元中の馬出門は、門や塀の骨組み(というか建物の木の部分)が完成しつつあるような様子。
来年度には完成を見ることができるでしょうかね。

銅門広場では、「小田原かまぼこドック」なるご当地グルメ(ジャンク?)を食べてみました。
以前、NHKだったかの番組で初めて知ったのですが、食べていたタレントも微妙な表情でした。

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で、私の感想はというと・・。
やはり、余り大きな感動は・・・無いかな・・・。うう~ん。
煮込んださつま揚げのサンドイッチ、そのまんまというか・・。
野菜が挟んでないから、そう感じるのかな??
ねり物はさすがに美味しいのですが。
ご当地グルメとして応援したくもありますが・・・、ちょい弱いかな~。
前の「かまぼこパスタ」とかの方が驚きはありましたね。

買い食いできるカマボコ類をするなら、江之浦にある「ドライブインみのや新島」で売ってる“さがみ揚げ”みたいな方が受けそうな気がしないでもない・・。
目の前でしょう油付けて焼いてると美味しそうだし。


夕食は拙宅までお越し頂き、お粗末ながら自己流バターチキンを食べて頂きました。
タマネギとナッツのペーストがやや少なかったかもしれませんが、お二人とも一応楽しんでいただけたようで良かったであります。

猛馬飼育係さん、結局この日はどれだけのアルコールを摂取なされたのでしょうか(笑)?
また是非ゆっくりと飲みたいものです。
(と言っても、ココ見てないと思うけど)

さおりんさん、また歩きにお付き合いくださいませ(笑)。
中華も楽しみにしております♪

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北條五代祭り(5)

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武者行列の次はこちら、町衆隊。

見どころはもちろん、神社神輿。

小田原初めて来られるお客さんには、武者行列だけでなく、突っ込み(飛び)で有名な小田原流のお神輿もぜひ見て行って欲しいものです。

居神神社さんの暴れ神輿も独特ですよ。

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北條五代祭り(4)

もう一つのマイヒットがこれ。
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小田原市章付きの陣羽織。

しかし控えめな大きさだな~(笑)。

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北條五代祭り(3)

今年の姫様役の方々はお美しい方々でしたが、個人的に惹かれたのはこの方です。

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す、素晴らしい・・。

写真では見えませんが、しっかり背中には刀を背負っています。

後ろの方のお犬サマも羨ましそう(笑)。

お、ア○中組も発見!

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北條五代祭り(2)

浜からセカセカと小走りしてパレードコースに行けば、もう見物客が。

良かった、ちょうど先頭が来るところでした♪
お墓参りと神社参拝した甲斐ありました(笑)。

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パレードの内容はほぼ毎年同じ。
手作り甲冑隊ほかの先陣から始まり、初代・北條早雲(伊勢盛時)公・二代氏綱公・三代氏康公・四代氏政公・五代氏直公の武者隊が城下を行進していきます。

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あと各部隊のなかに、歴代御台所様や北條一族の武将ほかが。
北條氏の主な城があった八王子や埼玉県寄居町、静岡県伊豆の国市(旧韮山町ほかの合併)からも毎年出陣されます。
手作り甲冑隊も、毎年新作の発表みたいな感もありますので、力作なんかが見れるのは楽しみです。
最近はホントにバラエティー豊かです。


色々あって(苦笑)、城下町大使として毎年楽しませてくれた阿藤快さんとかの姿は無し。
(城下町大使は昨年度を最後に廃止となりましたそうで)
そういや小沢小田原市長も今回で最後の早雲役です。
(5月18日が市長選なのです)
4選してるだけあって、一番見慣れた早雲役ですが、来年はどうなるのでしょう。
ちなみに小沢市長の前の方の時は、武将役やらずに、ミス小田原とオープンカーで登場してたような気がします。
(これもどうかと思うけど・・笑)
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松原神社のあたりで見ていてイイのは、まだパレードが始まったばかりなので武者がダレてない事でしょうか(笑)。
あと、お神輿が門前で木遣や突っ込みを見せてくれること。


出場者の中には今年は特に知人は無し、と思ったら一人居た(笑)。

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北條五代祭り(1)

昨日3日は毎年恒例の「北條五代祭り」。
わが町、小田原市で行われる一番大きな観光イベントです。

今朝の新聞で見ましたら、今年の来客は17万人ほど。
最近は来客数が増えているようで。
やはり不景気とガソリン価高騰の影響でしょうかね~。

今年は猛馬飼育係さんと、さおりんさんがお出でになるということでしたので、不肖私が案内させて頂きました。

小田原駅で待ち合わせし、まずは近くにの「北条氏政・氏照の墓」へ墓参。
せっかくですのでお線香をあげ、しっかり手を合わせてきました。

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(昨日2日は、箱根湯本にある北條家菩提寺、早雲寺でも北条五代歴代の供養祭が行われました。
あいにくの雨で北条五代墓所での法要は中止され、本堂のみとなったそうです)

その後、ちょっと寄り道をしながら浜辺の方へ。

武者行列コース近くである松原神社門前の屋台で、今日最初のビール♪
猛馬飼育係さんは、すでに待ち合わせの前に一杯やっていたようですが(笑)。

松原神社は小田原城下町の総鎮守。
戦国時代、ここの別当・玉龍坊は本山派修験の大先達として、北条氏領国内で大きな勢力を持っていたといいます。

五代祭りでは、武者行列などのほか、松原神社ほか五基の神社神輿もパレードに参加しています。
私達が行ったときは、ちょうどここのお神輿が出立するところでした。

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それをお見送りして、我々も神社に参拝。

神前でけじめをつけましたら、屋台で広島焼き・たこ焼き・じゃがバターを買って浜へ。
もちろん、ここで再びアルコール補給(笑)。
ああ、今日はどうなることやら。
参加者があのお二人と分かった段階で、こんな状況は予想していましたが(爆)。

海は満ち潮時。
不安定な天候で、風も少々、ちょいとベタつく空気。
それに決して美しい浜ではないけど、大きな海を前にお酒や食べ物を楽しめるのは開放的。
次のお客を気にしながらランチするよりも、よっぽどよし!
特に、飲む人・しゃべる人(爆)。

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そんなこんなで、飲んで波見てボケー・・・と。
そろそろ行列が来る頃かな、と思い時間を確かめたら・・・・・
1時50分。
あれー、出陣して20分も経ってるじゃんか!

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ブッダガヤ

仏教ネタではありません。ラーメンです(笑)。

三浦介星友さんの日記でラーメンの事見てから、なんとなく食べたかったのです。

もしかしたら閉店してるかも、と心配してた「くまもとらーめん・ブッダガヤ」。

ばーちゃんちからそれ程離れていないので、挨拶がてら寄ってきました。

地元じゃ結構有名なラーメン店なんですよ。
お店の名前で検索してもらえば、どんな感じかは想像できるかと思いますが、好き嫌いがはっきりする店としても有名です。

今まで連れてきた男友達や同僚は皆気に入ってくれましたが、女性陣は今のところ二度と同行してくれてないような気がします。
私のせいではないはず(笑)。

今回は久々(たぶん一年ぶりくらい)に来たので、豪華に1100円のスタミナラーメンを。
とんこつすーぷに太麺。
トッピングがチャーシュー・豚角煮・高菜・メンマ・キャベツほか野菜に玉子。

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