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武田神社へ

食後、さおりんさんとかずさんぐさん、そして私の三人は将軍様一行と分かれて武田神社へ~。

さおりんさんは名城100選のスタンプゲット、かずさんぐさんは写真撮影、私は大手口の現況を見たかったのであった。

道は武田通りをひたすら北上していくのみ。

が、思ったより長い、というか単調で長く感じてしまった・・・。

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それでも、沿道には武田一族や家臣の屋敷跡などの解説板や、江戸時代の町割りを現在の地図に重ねた表示がなされていて、折々楽しめる。

昨年の大河ドラマの影響も大いにあろうかとは思うけど、こうした細やかな観光情報の提示は嬉しいもの。

そんなこんなで、ようやく正面に武田神社の鳥居が。

ココまで来るとさすがに観光地の華を感じます。
混雑というほどでもないですが、お祭りらしい演芸の音が聞こえてきます。

天邪鬼にも正面鳥居から入らず、右手の(武田氏館)旧大手口から境内へ。
(お二方、お付き合いさせてしまってスイマセン。いっつもこんな調子です・・・汗)

まずは参拝。

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拝殿の両脇には日の丸やら花菱の馬標が厳かに立てられております。

まさに御祭神にして、ここ躑躅ヶ崎館(武田氏居館)の御屋形さまたる信玄公ここにありと。

忘れていましたが、今日は武田信玄公のご命日だったのでした。

そうか、だから武田関連のイベントやってるのか(笑)!

そして、宝物館を見学。

ここまではいつものコースですな。

ですが、今回はスタンプをゲットしたり、展示品にツッコミを入れたりと、やや邪道な見方ですが楽しめました。

個人的には伝信玄公云々とかの伝世品よりも、厨子入りの「将軍大黒天」像が気に入ってしまいました。

そのお姿は、打ち出の小槌と宝袋を持って、にこやかに俵上に立つ現在の定番大黒サマ(いわゆる大国主命スタイル?)ではなく、右手に宝珠・左手に剣(三鈷剣)を持つ童子像。

解説文によれば、この剣は国平の太刀なのだそう。

いずれにしても、この剣に薄っすらとマハーカーラらしさが残っておられるような気がする。

宝珠は今も、俵や小槌に描かれたりして残ってますね。

で、これもやっぱり信玄公の守り本尊と伝わっているそうな。

厨子には永禄七年(1567)にあたる「永禄甲子年、信玄(花押)」との文が書かれているそうだが、もう掠れて殆ど何と書いてあるのか読めなかった。
(※甲子(きのえね)の年や日は大黒さまのご縁が最も濃いとされます)

この年は第五回川中島合戦があった年だそうで、それと関連付けるのならやはり軍勝祈願がなされたものなのでしょうかね。
単に豊作祈願かもしれませんが。


見学後、のどが渇いたので境内にある「姫の井戸」なる水を飲ませていただく。
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脇の説明書きによれば、信玄息女の産湯や茶の湯にも使用されたとある。

別売りペットボトルで持ち帰りできるようになってましたが、そこまでは・・・。でも、なかなか甘露な水でありました。

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