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懐かしき大松明

先の日記に書いたとおり、今日はBKを食べに座間キャンプに行くつもりでしたが、急遽取り止めにしました。
(こいこいさん、情報提供ありがとうございました)
実は午後の激しい雷雨のため、一時、小田原ー新松田間の小田急がストップ。ちょうどタイミングよく(?)小田原駅に居た私ですが、湿気の不快さと運行の再開を待つ面倒さに、帰って来てしまったのでした。
そして、家で先ほどまで『男はつらいよ』を観ていたところです。
BKは来年のさくら祭りの時に期待します。

さて、実は小田原でも今日はイベントがありました。
花火です。
小田原市の花火大会は10年くらい前からでしたか。恒例の御幸ヶ浜の浜辺から移って、酒匂川の河川敷で行なうようになっております。
しかしその後も、地元の企業などが主催に、独自の花火大会を浜辺で継続しております。その為、ひと夏に2度、市内で花火大会があるのですが、以前は年末だったり、文化の日だったりと定まらずでした。
で、最近ようやく定まったのかどうか。気にしていなかったので分かりませんが、ともかく今年は8月12日です。

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実はこの日、かつては「大松明(おおたいまつ)」という行事が御幸ヶ浜で行なわれていました。(写真は昔の観光チラシより)
幾つもの竹を束ねた、高さ約15m・直径1m(県観光協会資料による)の大松明に火を灯し、砂浜に立てるというもの。
これは、海難水死者の冥福祈願と魚介類の供養を目的とした行事で、砂浜では僧侶たちが経を読み、人々は松明の周りの砂浜に線香を立てるのです。
サンダル履きでいて、大松明の火に気を取られているうちに、ついうっかり線香を踏んでしまったり。
火傷の痛みも、今となっては夏の夜の懐かしい思い出です。

この行事は今世紀に入るか入らないかの頃を最後に、中止されたままとなっております。理由は保安上の都合ということですが、詳細は存じません。火の粉が住宅に飛ぶからか、それとも西湘バイパスに行くからなのか・・・。それとも、海岸浸食が進んで充分なスペース(砂浜)が確保できなくなったためかもしれません。
まあ、ともかく、この12日にあえて花火大会を持ってきたのは、主催者側にも大松明の復活を願う心があるのではないかと期待するのであります。


さて、花火の話題が出たのでもう一つネタを。
日本で最初の花火といえば、天正17年(1589)に伊達政宗が鑑賞したのが最初とか、慶長18年(1613)に英国王室使者が駿府の徳川家康に見せた(同行の中国人による)のが、記録上に見える始まりと言われているようです。
ですが、鉄砲の伝来に伴って、中国からの火薬輸入が頻繁に行なわれるようになっていますので、花火(後世の観賞用とは大きくかけ離れていますが)も戦国時代にはすでに伝えられていたのではないでしょうか。

公文書のような1級史料ではありませんが、江戸前期にまとめられたとされる軍記物『北条記』にも、そんな戦国時代の花火を伺わせる記述があります。
『北条史料集』(人物往来社)所収の『北条記』巻第五の八「佐竹対陣之事」では、天正13年(1585)4月下旬、小田原の北条氏政と常陸の佐竹義重の軍勢が、野州藤岡(現・栃木県藤岡町)で対陣したところ、足元が湿地で大した合戦にもならず、ついには100か日の長陣となり、結局、和議になったとあります。このとき、力持て余す若侍や兵たちは、陣場に馬場を作って乗馬をしたり、花火を敵陣に“焼き立て”たりなどして気を紛らわしたとか。
“打ち上げる”のではなく、焼き立てるとありますが、これなどは当時の花火の特徴をよく伝えているような気がします。
私も良く分かりませんが、初期の花火は、筒先から火の粉を噴水のように噴出すような種類だったようなのです。
今でも、大道芸人が口から花火を吐いたりする芸がありますが、あれと同じようなタイプ、もしくは現在の家庭用手持ち花火の原始的なタイプかもしれません。

この記述にあるような合戦が実際にあったかどうかは、私自身なんとも分かりませんが、史実と比較すると、この翌年、天正14年頃の戦況と似ているような気もします。

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コメント

いつも読んでます。
それって沼尻合戦のことですよね。
戦国時代にロケット花火があったとは驚きですね。
また、よろしく!

投稿: 箱根少将 | 2006年8月18日 (金) 08:25

箱根少将様

ご指摘ありがとうございます。沼尻合戦ですか。
今回は大して史料も見ずに書いてしまったので、よく確認してませんでした。
すると、天正12年ということで『北条記』の同記述は一年誤差があるんですね。

で、件の花火ですが、ロケット花火かどうかは自分は分かりません。ただ、初期の花火として、忍者の火術で知られる「取火」、もしくは狼煙が起源とされる龍勢花火に近いのかなと想像しております。
一応、ミクシーで後日書いた部分もブログアップしておきました。
史実性はともかく、龍勢はなかなか迫力ありそう。一度見に行ってみたいものです。

また何か気がつきましたらご指摘、ご教授の程お願いいたします。

投稿: 蒼庚斎 | 2006年8月18日 (金) 23:26

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