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北条五代祭

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今日は小田原市毎年恒例の「北条五代祭」。
何と今年で第42回となるそうです。そんなに昔からやっていただろうか・・・。
「北条五代祭」以前の「お城まつり」から数えているのかもしれない。
30年前のガイドブックとかを見ると、まだ「大久保11万3千石 お城まつり 大名行列」とあります。11月3日に箱根でやる大名行列(参勤交代の行列)と同じ感じ?というよりマネしたのかな(笑)。

箱根の大名行列も、もとは松田町の寒田神社行事の大名行列が、昭和10年に箱根湯本で行なわれた「温泉博覧会」で好評だったのを通年行事としてやらせてもらうことにしたとか、聞いています(確証は得ていないけど)。
ちなみに松田の大名行列は江戸時代からのれっきとした伝統祭事で、町は無形民俗文化財に指定しています。
これも、もしかしたら山北町の「お峯入り」(国指定重要無形民俗文化財)のようなのがそもそもだったのかも。

「お城まつり」の頃の記憶は自分も余り定かではないのです。
奴さんとかは薄っすらなイメージで、それより獅子舞に頭を噛まれて恐かったことの記憶の方が強い。
北条色を前面出してきたのはいつ頃だったのかな。
以前、仕事で五代祭りを立ち上げたという方々にお話しを伺う機会があったのですが、「小田原城といえば戦国時代の華やかな戦歴を前面に出すべき」「市外からの観光客を増やすには、大久保氏では弱い。やはり戦国大名の北条氏だ」などとの意見が当時あって、見直される機会が増えていったようであります。
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(写真は平成2年大道寺太郎)
今でこそ縮小・マンネリ化した武者行列ですが、話を聞いていると、当初の熱意が強く感じられました。
当時なりの情報・知識ではありますが、『小田原旧記』でいうところの五色備だとか北条軍の旗や馬標などをどうしようかとか、支城のあった自治体と連携しようとか・・・。大河ドラマを本格的に意識しだしたのもこのころですかね。
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(写真は平成7年鉢形衆)
その最盛期だったのが、前市長の山橋氏の頃ではないでしょうか。
この人、任期中は批判も多かったですが、今振り返ってみると、地元の歴史愛好家などには結構評判が良いようです。
そのとき小田原で「関東三国志サミット」なるものが開催されました。大勢ではないですが、山梨と新潟から武田・上杉の武者軍団が小田原に来たり、小田原勢があちらに出かけたりもしてました。
また「えーど小田原」なんてイベントがあって、銅門が復元される前の「水の公園」広場に江戸時代の街並みセットを建てたり、色々盛り上げていたのは覚えています。
私はまだ高校生でしたが、この頃の「五代祭」行列が一番金かかっていたのではと思います。
多分、手作り甲冑隊はまだ在りませんでしたが、芳春院(北条二代氏綱の娘で古河公方室)や桂林院(三代氏康の娘で武田勝頼室)、北条新三郎氏信(北条幻庵の子、駿河蒲原城で討死)など、今では省略された人物も行列にいました。
あと人数も多かったし、旗や馬標も多かったような。家臣クラスでも馬上侍がたくさん居たし、さらには大久保氏の大名行列や、鎌倉時代の曽我兄弟の武者行列まで続いていた。出ている人たちにも活気があった気がします。
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(写真は平成7年ミス小田原)
今は一般参加やボランティア参加、手作り甲冑隊、みこし連のおかげで何とか生き残っているような感じすらするのですが。
それにしても、小田原観光大使(旧ミス小田原)はコンパニオン姿じゃなくて、昔の姫装束の方が良いんじゃないかなー?

ま、この祭りもそろそろ模様替えの時期なんだろうね。
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(写真は平成13年氏政)
若い世代には北条氏に興味を持つ人が増えてきたし、地元の人間でも、とりあえず「北条氏は五代約100年続いて関東に勢力を誇った」という程度は認知されるようになってきた。
これは今までの五代祭りの果たしてきた成果でもありましょうよ。
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(写真は平成18年氏直隊)
これからは基本を押さえつつ次の段階に移るべきで、イベントの個性化と、祭の内容に合致する市内歴史遺産を観光客に分かりやすくすべきでしょう。北条氏関係の遺跡案内とか。
今じゃ武者行列はあちこちでやってるし、近隣の祭りでは貸衣装が同じだったりもする。
まだ城址公園がある分、強みはあるけど、ただ歩いてるだけでは面白くない。
これに関しては自分も秘めたるアイデアがあるので、機会を見つけて関係者に伝えて行こうと思います。

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(写真は平成18年松原神社神輿)
独り言はここまで。
ともかく今日は海老名のS氏と藤沢のK氏が見にこられるというので、私も行ってきました。
午前中は、最近の発掘現場や整備中の二の丸・馬出門の見学などをし、箱根口の蕎麦屋で昼食。
行列は、混雑の少ない松原神社前で待ち構えて見物しました。ここが毎年お馴染の場所になってます。
武者行列が過ぎると、まち衆隊。みこし。
自分としてはこちらの方が本命だったりも。
「ホイサー、ホラサー」のかつぎ声と駆け出し突っ込みを入れる小田原流の神輿。
誰が何と言おうと自分はこれじゃないと、「祭り」を見に来た雰囲気に心底から浸れない。
今回は行かなかったけど、5月3日に小田原で神輿を見るなら、三の丸小学校前か大工町商店街がベスト。
松原・山王・大稲荷の3基の神社神輿が同時に「突っかけ」をするのを見ることができます。
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(写真は平成18年居神神社神輿)
あと、居神神社の荒ぶる神輿(写真)も見応えがありますよ。こちらは、旧小田原藩御用大工・香川文造高之の最後の作品で、格調高い作品。
また、宿泊される方は、4日朝の浜めぐり、5日夜の宮入りも是非見てもらいたいですね。

その後、市川市のK氏も合流。
再び城址公園に行って、本丸常盤木門内展示場で行なわれていた「伝統衣装展」を拝観。
小規模な展示でしたが、平安公家女性の「裙帯比礼の物具装束(くたいひれのもののぐしょうぞく)」など珍しい衣装が展示されており、解説などお聞きしながら楽しませてもらいました。文字で書いてもよく分からないと思うので、興味ある方は「裙帯比礼」で検索かけてみて。平安ファンになかなか人気があるようです。

喉が乾いたので、午前中も寄った銅門広場へ。
ここには地元の飲食品や、北条氏を用いた観光で提携している各市町からの出店があって、なかなかにぎやか。
遠いところはわざわざ岡山県から来ていました(北條早雲の故郷である岡山県井原市)。ごくろうさんです。
小田原らしいのは、干物をその場で焼いて食べられたりするコーナーなど。
炭火でいい匂いを出していました。
私は韮山(現・伊豆の国市)の地ビール「北条政子」と、小田原の梅アイスを。
こう書くと変な取り合わせですが、同時に口にしたわけではないですよ。

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(写真はパレード最後尾の郷土キャラ「小田原提灯」。名前は知らない。毎年変わらぬ笑顔である)
そして夕飯はインド料理へ。
私がガイドすると大方こうなる訳です。はい。
でも、それほど美味でもなかったなあ。
美味いチキンティッカマサラが食べたい今日この頃。

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コメント

一気にアップされましたね。
五代祭りは行きたかったのですが…。
昨年、一昨年と観光協会の人に「自前甲冑なので、無料にしてくれたら出ます」と言っていたのですが、だめとのことで、今年は遂に諦めました。
ということでまた!

投稿: 桜町中将 | 2006年5月 9日 (火) 07:37

連休中にドッとやってしまいました(笑)。
山中城まつりは、頑張って下さいね。
うーん、衣装代は発生しないはずなのに・・・。よく分からんですねー。観光協会の人間も長年やってる人はおカタそうな人がいますしね。というか、無意味に威張ってる肩書きだけの人もいますが(笑)。
そういう人に限って上からの支持には弱そうなので、実行委員や参加団体から口聞いてもらうなどした方が良いのかもしれませんね。
小田原市や北条氏アピールにも貢献なさっておられる中将さまなので、私としては是非とも出ていただきたいと思ってますよ。大将役も、関係役員のジイサンなんか降ろして、一般公募にすればいいと思ってるのですがね。

投稿: 蒼庚斎 | 2006年5月 9日 (火) 07:58

いつの日か、五代祭りで北条五代の誰かの役をやりたいですね。
その時の感動は、普通のおっさんやら外人にはわからんよな…。
多分、馬上で泣いてしまうでしょう。
5/21の山中城祭りは、ぜひ来て下さい。

投稿: 箱根少将 | 2006年5月 9日 (火) 16:37

>普通のおっさんやら外人にはわからんよな
ホントですね~!
あと私は是非とも再現してもらいたい武者行列があるのです。
それは、何と言っても福島伊賀守のかぶき姿!
河越合戦の美少年・弁千代がなぜあんなになってしまったのか不思議ではありますが(笑)。
その他にも、軍記物には北条家の武将の自己顕示の姿が色々描かれているので、そんなのも出してくれると面白いですよね。
21日ですかー。
特に休みは入れていませんが、可能なら遊びに行きたいと思っております。

投稿: 蒼庚斎 | 2006年5月10日 (水) 07:20

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