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沼津へ(2)大泉寺・浮島ヶ原

さて、興国寺城の次の訪問地です。
時間はちょうどお昼でしたが、せっかく久々に沼津まで出てきたのですから、食事はコンビニ弁当で軽く済ませて、他の史跡などを観に行こうということに。
事前のチェックでこの近くに、阿野全成ゆかりの大泉寺があるのを知っていたので、まずそこに向かいました。

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大泉寺は興国寺城と同じく根方街道沿いにある寺で、城址より1㎞ほど西へ向かったところです。
寺は、阿野全成(あのぜんじょう)とその子・時元の墓がある寺として知られていますが、寺域そのものが阿野氏館跡と云われています。
山門は道路から奥まったところにありますが、道沿いに「阿野全成碑」が立っているのですぐ分かります。

阿野全成は、源義朝と常盤御前との間に生まれた子(幼名・今若丸)で、源頼朝の異母弟で義経の同腹兄であります。平治の乱で源義朝が敗れると、常盤の子達もそれぞれ寺に預けられ、今若丸は京都醍醐寺に送られ、のちに全成と名乗りました。僧とはいえ、成長につれ逞しくなり「醍醐の悪禅師」と呼ばれるようになります。
源頼朝が挙兵(治承4年・1180)すると、全成は修行を装って、いち早く京都から参陣。
後にその功績によって駿河・阿野庄を与えられ、この地に館を建て、阿野姓を名乗りました。その当時の居館に付属していた持仏堂が、現在の大泉寺となったとされています。
阿野全成は北条政子の妹(阿波局)を妻とし、頼朝政権においては地位が安定していたものの、二代将軍に頼家が即位すると、阿波局が実朝(のち三代将軍)の乳母だったこともあり、頼家派と対立。建仁3年(1203)、謀反の罪で常陸に流された末、下野で八田知家に殺害されてしまいました。

子の時元(降元)も三代・源実朝が殺害された直後、北条氏に対して兵を挙げますが、敗北して時元は自害。
一族も多くが滅ぼされ、所領も没収されてしまいました。
ちなみに、後世、後醍醐天皇の寵愛を受けた阿野廉子(あのれんし)はこの阿野氏の一族のようです。

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境内はそれほど広くありませんが、周囲の土地より高地にあって、道路側や西側などには館跡らしい面影があります。
どういう理由かは分かりませんが、本堂の前にはタイ風の釈迦如来像が置かれ、キンキラキンに輝いていました。
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阿野全成父子の墓所は、本堂の左後方の歴代山主(住職)墓所にあります。
墓塔はオリジナルなものではなく、後世に、複数の五輪塔や宝篋印塔の部分を積み合わせたものです。それでも、父・全成の墓塔を時元より高く積んであったりと、父子の墓の趣を出しています。

ここを参拝・見学した後、目と鼻の先にあったコンビニで昼食を買い、車中食。

次に、北条氏政と武田勝頼が幾度か合戦を交えた「千本松原」へ。
ここは、景勝地・千本浜公園として沼津の代表的な景色の一つでもあります。

しかし、国道1号線に合流する途中、道の傍らに湿地公園のようなものを発見。
今は、干拓&埋立てされて見るべくも無くなった「浮島ヶ原・浮島沼」を偲べそうだと思ったので、運転するKさんに無理を行って寄ってもらいました。途中、変な道を通ってしまったので、車に小さな引っかき傷がついてしまい大変申しわけない事をしてしまいました。

「千本松原」も「浮島ヶ原」もともに鎌倉時代の紀行文『東関紀行』で歌に詠まれたり、歌川広重の浮世絵などでも紹介され、その景勝を愛でられています。
田子の浦もそうですが、開発で和歌の景色が失われていく中、少しでも景色を偲べそうな場所は、観れる機会があるときに立ち寄って、せめて心の内に景色を留めておきたいものです。

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さて、到着した湿地公園ですが、「アクアプラザ遊水地」という名前の小公園でした。
アクアプラザというのは、一昨年完成した沼津市のし尿処理施設らしいのですが、その隣の遊水地を浮島沼の旧観を再現したビオトープとして整備したということです。
人口のものとはいえ、葦草高く繁茂する沼地からは富士山が見えて、サギ達がエサをついばむ景色は、浮世絵の浮島沼を思わせます。ただ、もう少し規模を大きくして欲しいものではありますが。

toukaidou_hara
~『東関紀行』より浮島ヶ原の描写~
富士の嶺の風にたゞよふ白雲を天つ少女の袖かとぞ見る
浮島が原は、何處(いづこ)よりもまさりて見ゆ。北は富士の麓にて、西東へ遥々と長き沼あり、布を引けるが如し。山の緑影を浸して、空も水もひとつなり。蘆刈小舟所々に棹さして、羣れたる鳥多くさわぎたり。南は海の面遠く見わたされて、雲の波煙の波、いと深き眺めなり。すべて孤島の眼に遮るなし。(中略)
此の原昔は海の上に浮びて、蓬莱の三つの島〔蓬莱、方丈、瀛州(えいしゅう)の三神山をいふ〕の如くにありけるによりて、浮島となん名づけたりと聞くにも、自ら神仙の棲處(すみか)にもやあらむ、いとゞ奧ゆかしく見ゆ。
影ひたす沼の入江に富士の嶺(ね)の 煙も雲も浮島が原


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